来る時はとにかく遠くて不便な印象ばかりが際立った道中を、
帰りは直江の車に同乗させてもらった。 交通費は別にもらっているからと、一応は固辞をした。 が、一分一秒でも長く一緒に過ごしたい直江が、高耶の主張する通り、素直に電車で帰すはずもなく。 乗り継ぎ時間がない分高速使ったほうが早いです。それにこうして荷物も増えたことだし(鈴木さんからは野菜の土産を持たされたし、使いかけの調味料をそのままもらってきてしまった)持ち運びにも楽でしょう? そんなふうにして矢継ぎ早に放たれるセールストークに負けてしまったのだ。 もっとも乗り換えに掛かる時間以上に小まめな休憩をはさんだドライブだったから、時間短縮とはならなかったが。 でも。 (あっという間だったな…) 外を流れる風景がどんどん見慣れたものに変わっていって、旅の終わりを予感しながら高耶は思う。 とにかく楽しかったし、美味しかった。 直江に勧められるまま、県境を越えるたびに変わるSAの名産品をあらかた制覇してきたからお腹は全然減っていない。 だから当然のように持ちかけられた夕飯のお誘いは丁重に辞退した。 束の間口を噤んだ直江がすぐにまた明るい声をだす。 「じゃあ、また次の機会にご馳走させてください。そうですね、来週の週末なんかいかがでしょう。お時間、取れませんか?」 (えっ?) 思いがけないフレーズを聞いて絶句してしまった高耶である。 (ご馳走って、じゃあお昼に食べたステーキ丼は??) 他にもアイスだのスナックだの。てっきり御礼の意味合いが込められているのだと思っていたから遠慮なく奢られていたのだが、あれは違うのだろうか。 微妙な間合いの後で恐る恐る確認すると、直江はあっさり頭を振った。 「あんなもの、御礼のうちに入りません。なにしろ十日以上もあなたに世話を掛けた。少しでもそのお返しがしたいんです」 「はあ」 それならもう充分に返してもらった気がするのだけど。でもきっと何を言ってもこの男は聞く耳持たずだ。 反論する気もなくなって、曖昧に頷くうちに次の食事の約束が決められ、やがてセダンは静々とアパート前の路地に停まった。 「ではまた土曜日に。楽しみにしています」 満面の笑みで、そう軽やかに言い残して、直江は去っていって。 見えなくなるまで見送って、高耶は、はぁ、と、ため息をついた。 気が抜けたような、安心したような、それでいて少し寂しいような。 やっぱり社交辞令ででもお茶でも呑んでけと誘うべきだったか。 ちらりとそんな思いも掠めたけれど、十日も留守にしていた部屋にいきなり招き入れるのも抵抗があって言い出すことができなかった。 もっともそれを口にしたところで直江が受けたとも限らないし。 鍵を探って、 あけたドアの向こうからは、特有の澱んだ臭いがした。自分ひとりなら苦にもならない。けれどもしも直江と一緒だったらさぞかし気まずい思いをしただろう。 だから、これでよかったのだ。 「ただいま」 誰にでもなく呟いて、中に入る。 窓を開け放ってこもった空気を追い出せば、そこはもう慣れ親しんだ自分の住処。急に身体の力が抜けてごろりと畳に寝転がる。 楽しかったな。本当に夢みたいに楽しかった。 天井を見上げながら、急に遠のいていく田舎の日々を慈しむように思い返す。 明日からはまたいつもの日常が始まる。いろいろ準備もあるし持ち帰った荷物の始末もしなきゃない。でも、もうちょっとだけ、このままで。 いつのまにか高耶は静かな寝息を立てていた。 |