はじめに

お正月に松本クロさんからいただいたお年賀イラストです。
景虎さまのこの透明な眼差しが。背後から添えられた手が。そして雪でありながら温かな背景色が。
心臓鷲掴み!!!!
気がつけば、こんな話が浮んでいました。
寒中見舞いとして一度はクロさんに差し上げたものですが、今回こちらにもUPすることを快諾していただきました。
クロさん、どうもありがとうございました<(_ _)>







アンビバレンツ



刻が――止まったのかと思った。

黄昏時の薄明のままいつまでもやって来ぬ宵闇に、外を見やれば一面の白。

鈍色の天から、わたげのようなたおやかさで舞い落ちる六花。

ふうわりふわりと。螺旋のごとく軌跡を描いて視線を奪う。




ぽおうと。

ぼんぼりが灯るように木々の枝を包みこんだ綿ぼうしが目に柔らかくて。

切り裂くような吹きさらしの木枯らしの後では、この雪空でさえどこか温かくて、まろやかな大気が肌に優しくて。

枝折戸を抜けて、つい、雪野に彷徨い出てしまった。頑是無い子供のように。




桜が。

遠目に見える丘のその樹は、白く朧に霞んでまるで花の季節が宿ったようだったから。

ふと騙されてみたくなったのだ。

満開の花の下に愛しく懐かしい者たちが佇んでいる。脳裡をよぎったそんな過去の幻影に。




むろん花の開いているはずもなく。

近づくほどに思い知る。雪は雪でしかなく、幻は幻にすぎぬのだと。

樹の元に待ち人はいない。

彼のものたちが眠るのは現世の桜ではなく浄土の蓮華。 もう二度と交わることはなく、道は永久に別れたのだと。




それでも。

硬い冬芽に降り積む雪は優しい。

仰のいた顔に降りかかる氷のかけらの、この温かさはなんなのだろう。

頬に触れて儚く消えるその一瞬でさえ、かすかな温みを残していく。

それは、あの男と同じ。

冷たく突き放したようで、その実、熱い心根を隠すあの男と。




ぱさりと。

肩口にかすかな重さを感じた。衣を差し掛けられ、寄り添われて気づく確かな人肌。

誰よりも嫌悪したこの男に、いつのまにか背後を許す自分がいる。

肩越しに腕が伸ばされて指先を囚われる。

冷え具合をいたわるように、手の甲を覆われた。

ああ、やはり同じだ。心の中で何かがじわりと溶けて染み入る。




「大事ない。蕾の具合を確かめていただけのこと。すぐに戻る」

「春になれば―――見事な花を咲かせましょうな。この雪景色のように」

「ああ…」




それまで、いま少しの眠りを。

いま少しの猶予を。

淡雪のように取り留めのないこの男への感情を、もっと深く知るために。










・・・・・・雪って冷たいはずなのに、妙に温かく感じることってありませんか?
私の住む土地柄のせいもあるのでしょうか。木枯らしよりは雪の降ってくれたほうが暖かいことがあります。
もっとも気分の問題だけで実際は結構な冷え込みなのだと思いますが。
そんな背反する思いを、きっとこの頃の景虎様も直江に抱いていたんじゃないかな・・・と。
こんなふうに、長い間薄ぼんやりと抱いていたことを、この景虎さまは一気に表層に引きずり出してくれました。
やっぱり絵の力ってすごいです。
改めまして、眼福な一枚をどうもありがとうございました。
・・・そして。「私のイメージとはちがうわよ?!」とお思いの方がいらっしゃいましたら、平に平にご容赦です・・・。



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