Precious ―七夕―
「なんです?おかあさん」 息子のほうには振り返らずにそのままお茶碗を洗いながら背中で尋ねる。 「義明、あなた、来月の7日は早く帰ってこれるかしら?」 「7日ですか・・・大丈夫ですよ。」 ちょっと目線を上に泳がせて考えるように言った。 「そう、よかったこと。」 「7日がどうかしたんですか?」 「ふふ・・・内緒よ」
もう用は済んだのかそのままお茶碗洗いに没頭した母を、可笑しな人だなと思いながら義明も廊下にでた。 「・・・もしもし、橘でございます。こんばんは。・・・・いえ、こちらこそお世話になっています。今日はお願いがあって電話いたしました。来月の7日なんですが・・・」 楽しそうに笑みを浮かべて、春枝はあることを実行に移すためにまずは下準備にとりかかった。
「高耶くん、おかえりなさい」 にっこりと微笑んで夫人は話し掛けた。 「あ・・ただいま、おばさん。」 それまで俯いて歩いていた高耶はパッと上を向いてちょっとはにかむように、でもきちんと挨拶を返す。 「今日はこのままおばさんの家に来てくれる?おとうさんにはちゃんとお話しているから大丈夫よ。」 「え・・いいの?」 「ええ、おやつがあるから一緒に食べましょ。」
最近は夕方まで橘家にお世話になることが多い高耶は安心して嬉しそうに頷いた。
「おかえりー直江!」 高耶の天使のような微笑にむかえられて直江はにっこり微笑みかえした。 「高耶さん、たたいま。学校はどうでした?」 「うん、今日はお天気だったから運動場でサッカーしたよ。」 「それはよかったですね」 おしゃべりしながら居間へ向かうと春枝も声をかけた。 「おかえりなさい、義明。さっそくだけど、裏へ行って笹を取ってきてちょうだい」 「え?笹ですか?」 「そうよ、今日は七夕でしょ。高耶くんと七夕のお飾りをするの。さぁ、行ってきてちょうだい」 すると高耶もはしゃいで言った。普段は大人の話に入ってこないが、自分の名前がでたから安心して言えるとばかりに。 「そうかー今日は七夕だったーっ!オリヒメとヒコボシが年に一度逢える日なんだって」 直江はちょっと苦笑して高耶を見下ろした。 「よく知ってますね。どこで習ったの?」 「おとうさんと一緒に暮らす前にたくさんのお友達や先生といたとき、みんなで飾ったよ」 春枝が優しい顔で言った。 「今日はおばさんとこで一緒に飾りましょう。できたらお家に持って帰っておとうさんに見せましょうね」 「うん!」 直江も膝を追って高耶の目線になって微笑みながら言った。 「じゃ着替えてくるからちょっと待っててね」 「うん!」
「直江ー。竹を切ったらかぐや姫がいるってほんとかな?」 「さぁ、どうでしょうね。・・・ほら確かめてみますか?」
直江は自分よりも少し高いくらいの若い笹を根元からのこぎりで切った。 「いないねぇ、直江」 がっかりした高耶を励ますように直江は言った。 「ここにはいませんでしたね。もっと大きな竹ならいるかもしれませんが。今日はこれにしましょう。手伝って。」
高耶に根元のほうを持たせるとお手伝いできるのが得意そうだ。
「義明、そこの雨どいに笹を結わえてちょうだい。」
なんとかバランスをとって上の方が重たい笹を支えて立たせると、今度は高耶と飾りにとりかかった。 「ほら高耶さん、飾りますよ。」
直江は上のほうに高耶は自分が背伸びして届くぎりぎりの最高に高いところにコヨリが付いた飾りを結んでいく。 「高耶さんはなんてお願いするの?」 「え・・・?んんと、サッカーが上手になりたいっ・・・でしょ!それから・・・」 「たくさん書いていいですよ。」 「うん!」 「願いが叶うかもしれませんね。だって今日は晴れているから織姫と彦星もきっと逢えるでしょうから」 「よかったね、お星様たち、願いが叶って逢う事ができて」 「そうですね」
高耶は頬を紅潮させてなにやら一心不乱にマジックインクで短冊に幼い字で書いている。 「俺は・・・内緒ですよ。飾ったら見ていいですよ」 「わ〜ケチ。じゃ僕も内緒だよー。見ないで〜」
高耶はくるっと反対方向を向いて小さな背中で手元を隠しながら、秘密を持った楽しさにワクワクした顔で、ますます頬を紅潮させて短冊をどんどん書いている。
「できたよー!飾ろう。直江」 「はいはい」
高耶は自分が飾る分をみっつ残して、高いところに飾ってもらおうと後の全ての短冊を直江に手渡した。10枚ある。 「高耶さん・・・・・。これ・・・。」 驚いたような呆れたような声で直江が尋ねると、高耶は真っ赤になって俯いたままモゴモゴと小さな声で答えた。 「僕のお願いは"直江"なの。」 「え・・・?」
「直江がいつも優しい顔してたらいいな。直江がいつも楽しかったらいいな。直江がいつも美味しいもの食べられたらいいな。 「た・・・高耶さん」 「そんなこと思ってたら全部"なおえ"になっちゃったの」
可愛さ、愛しさがこみ上げてきて、直江はちょっと泣きそうな顔でさらさらとした高耶の髪をそっと撫でた。 「おとうさんにも書いてあげましょう。おとうさんのおかげで高耶さんと俺は友達になれたでしょ?」
父親が隣に越してきてくれて高耶を引き取ってくれたからこそ今の自分たちの関係がある。 「あ、そうだね。えへへ。おとうさん、ごめんなさ〜い」
そしてさらさらと"おとうさん"と書いた。
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2005.6.22 月花草 拝
なんとなんとなんと!!!
上記コメントともに月花草さんからPreciosのお話を戴いてしまいました〜〜〜!!!
月花草さん、本当にどうもありがとうございました。
以前はお子さんの台詞に撃沈した私ですが、今回は高耶さんの「おかえりー直江!」にもうメロメロです!(笑)
なんて可愛いんでしょう。この高耶さんってばっっっ!
そして高耶さんを巡っての春枝さんと直江の微妙な力関係……(笑)
思わずにやりとさせてくださるあたり、さすがです。
拙い私の設定をよくぞここまで読み込んでくださいました。心から御礼申し上げます。
こうれん拝
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