広く分かち合うものであれ 〜続・されど静かに舞い落ちる 喜びは分かち合うことによって、より恵み大きく豊かに育つものである、と。 なんだ、それ、どこの名言? いや、いいさ、間違っちゃいないさ。美しいと思う、うん。 でもなあ、オレ、これ何かチガウとも思う。 1. 普通、お誕生日のケーキというやつは、夕食のあとにワクドキで出されてくるもの、なわけだ。 んでもって、主役が照れ照れでロウソク吹き消したりして、それからおもむろに切り分ける。普通。そうだろ? や、別にオレは「照れ照れ」なんてしたくない…なかった、ぞ。 でもさ、これは――間違ってるんじゃないのか? 「あ、来れるかい? 場所分かるね、用意しとくから」 スマホでどこやらに電話してるあいつ。その脇を。 「じゃ、兄ちゃん、俺、これ届けてくるわ」 弟熊がレジ袋をガサガサさせて、広縁から外へ出る。 「ん、ちずちゃんに、よろしく」 「あ、弘明、そんなに揺らしちゃだめ!」 ケーキひっくり返るよ!と大声で指導する綾子。千秋がスマホから耳を離したあいつに、ナイフを持ったまま尋ねる。 「取りに来れるってか?」 「はい、彼女のところにも持ってってくれるっていうんで、二包み作って下さい」 「おっしゃ!」 なんでそんなに嬉しげなんだよ。意味わかんねー。 で、オレはというと。 綾子式フライドポテトを作るべく、ジャガイモを洗ってる。皮ごと使うので、それ用にしているブラシで、よーくこすって。 2. つまり。 綾子が栄光堂に注文したケーキは、正しく「特注」だったわけで。 そりゃな、30本ものロウソクを……30本! 29本だ。ほんとはよ! うう、眉間にシワがよるぜ。 30本のロウソクを立てられるケーキとなれば、巨大になるのは、まあ当然で。結果、直径36cmなんてしろものの苺のショートケーキ、が出来てしまった(正確には、12号・18人前というサイズだそうだ)。もちろん箱も特注、ってか、ケーキ職人氏の労作だ。 で、その巨大ケーキは当然だが、箱ごとでは冷蔵庫に入らなかった。なにしろ夏である。このまま夜までそのへんに置いておきたくはない。冷凍庫の保冷剤を箱の上に乗せるという案も出たが、手作り感満載の箱の上部がそれに耐えられるだろうか、という、まっとうな見解が示されて、そこで。 「んじゃ、今、おやつにしちゃおうよ」 と、無責任オンナが言ったのだ。 「あ、だったら」 と言い出したのは、あいつ。 「明るいうちなら、おすそ分けに出せるんじゃないですか?」 いや、それ自体はいいアイデアだろうけど。でも。 おお、そうしよ、そうしよ!と浮かれ出した千秋。ちずちゃんのじいちゃん、甘いもの喜ぶぜ、と手を打つ弟熊。後輩のとこ、妹さんが二人だから、きっと受ける、なんて、あいつもいそいそしだして。 で。 オレは食卓に着かされて、テーブルにどーん、のケーキに、あわあわとロウソクが立てられて(30本!)、熱でケーキがよれるから、カメラマンが主賓(そうですか、オレは主賓か、一応。一応な!)の真向かいに陣取り、あとの三人が10本ずつ急いで点火して、さささと撮影して、すぐ吹き消す! いいね!となって。 いいね。いいね、ってな! 30本、一気に吹き消せるやつが、どんぐらい世の中に!といらだちを抑えつつ。 はい、頭にきて、ちょいとズルしました。なんのための<力>だ!(いや、違うだろう、オレ。完璧に違う)。 はい、ばんざーい!!って三人が全身で両手を上げて、え、ええ?とあいつも小さく真似したので、やらんでいい、と低くつぶやいた。 で、即座にロウソクが取り除けられて、色々と連絡が行き交って、今に至る、のだ。 数学教諭の面目躍如、なんてやけに嬉しげにケーキ用のロングナイフを振り回す千秋によって、あっという間にカットされていくケーキ。まあ、それはいいんだけどな。 いいんだけどな。 いや、別にいいんだけどよ。 特にこの場所に交友関係があるわけじゃないオレが、じゃ、やることないんだから、おいも揚げといてよ、って言われて、綾子レシピあてがわれてジャガイモ洗ってても、別にいいんだけどよ。 なにか、間違ってると、オレは。 「俺もやります」 エプロンかけて、やつが流しにやってきた。 「……後輩、来るんだろ?」 「ちょっと寄るとこがあるから、って言うんで、30分後になりましたから」 じゃ、洗ったの輪切りにしてくれ、と言ってから、 「で、こっから彼女んちにもケーキ届けるってか。べたべただなー」 やつは、あは、と笑った。 「でもあちらのお兄さんへのお礼にもなるし。今一筆書いておきました。添えておこうと思って」 ふっと空気が変わったように思って、オレは左側のやつの顔を覗いた。 「あなたがあのドームの中の風景を気に入ってくれた、って伝えたかったから。ちょうどよかったです」 耳が赤かった。 「そうだな」 オレはその耳に唇を寄せた。 「すごく気に入った、とても嬉しい」 でも一番嬉しいのは。 この日、におまえと一緒にいられて、不満といえば―― ま、取るに足らないことだけだ、ってことだな。 はっぴーばーすでー、オレ! 29才!だけどな。 了(12.7.18)
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