〜続・カフェ「nowhere」の素敵な午後
兄、は対女性用の笑顔を崩さなかった。 弟、は一瞬目を見張ったけど、これも高齢の女性には礼儀正しいので、ぺこっと頭を下げた。 兄の友人、は……営業スマイル。やろうと思えばできるんである。 「まあまあ、お三方もイイ男さんを引き連れてねえ!」 愛媛から学校時代の友を訪ねてきたというおばあちゃま方は、きゃいきゃいと笑いさざめいた。 ここは大河で注目されたしねー、って……さすが某放送局の「大河」、もう何年経ってんだ、なのに、まだ人を寄せるか。 「ほんでも、そのうち二人は兄弟さんかねー、そっちの人はカレシと違うの?」 そっちの人、は愛想よく、でもしっかり否定した(しやがった)。 「私にとっても妹のようなものなので、そういう気持ちには」 「それは惜しいねえー」 「そうやねー、こんな素敵な男性が全部身内さんやったら、ああたのお母さん、スリーカードで大勝やのに」 はっはっは、とあたしは笑う。 「母は韓流スターに夢中で韓国ツアーしてますよ」 「まあま、欲張りさんやねえ!」 なんでこんなことになってんのかなぁ、って顔を少年がちらっと。 それは、巨大パフェとの格闘にライフゲージを削られた、と君らが言って、神社の売店のお休みどころに座り込んだからですよ。 あんたら、目を引くからねー。 若い女は、あたしが混じってるんで声をかけてこないけど、おばちゃん、おばあちゃんは無敵っすから。 「あんたさんが、ほれ、あの、えーと今、はやりもんの」 あら、なんて言うんやったかね、と紫メッシュのおばあちゃまは、隣のペイズリー模様のワンピースのお仲間をつついた。ペイズリーさんは胸を張って、 「れーきーオンナ、よ、れきオンナ!」 もう一人、藍染の帽子をお召しの方が、ぶ、とお茶を噴きそうになる。 「違うわ、みーさん! れきじょ、よ。レキジョ! オンナ、とは読まんの!」 あら、そうやったかね? そうよ、あんたは、また早がってんしよってー。 ああ、オンナ三人寄ればとは言うけど、まさに。 「綾ちゃん」 今度はあたしが咳き込むとこだった。なに、その猫なで声、しかも。右隣の少年もぶるっと震えた。 「そろそろ行かないと、次を回れないよ」 ぎゃああー。少年がまた震えた。あたしも彼の手を取って一緒に震えたい。 青年僧侶、仰木高耶は、にこにこと車の鍵を玩びながら立ち上がった。 「ではお先に。皆さん、じっくりとこの街を楽しんでくださいね」 あんたの役どころでしょー!とお休みどころを出てすぐに、ふわふわカール頭のわき腹をどつく。 「あー。だって俺はおんなのひとと話すの楽しいもん」 全方位カモン!か、こぉの節操なし! ぽてぽてとお堀の橋を目指しながら、長秀はくすっと笑った。 「『綾ちゃん』だってー!」 前を行く景虎の背が、びきっと硬くなった。ううっ。 あたしは右側の少年に、頼むよー、と片手拝み。 ええっ?って少年が困った顔をする。 でも、もう一回頭下げたら、分かりました、ってちょっと悲壮な様子で一歩出て、親分に並んだ。 なんかけなげに明るい様子で親分に話しかける少年のシルエットは。さっき喫茶店でくっついた時にも、ちょっと胸にさくっと来たけど―― 「背は伸びたのに、細くなっちまったよな」 は、と左側の長秀を見上げると、思いがけない悲しげな微笑みが口元にあった。 こういう奴じゃなかったのにな。 長い喪失のあと、そして景虎が自ら手離したあと、魂の強さを見せつけるように、再びあたしたちの前に戻ってきた「直江」は、それでもどこか愛おしまずにはいられない澄んだ「若さ」を湛えていて――。 なんか少しずつみんなを変えてしまったような気がする。 「……俺たちに会わなきゃ普通の高校生でいられたんだよな」 らしくないだろ!ってその背中をどつくのが「あたし」のはずだった。なのに。 「そうかな」 あたしは静かに歩きながらつぶやく。 「……いつかは……普通、じゃなくなってたよ。……『直江』なんだから」 あるいは。 景虎が見つけ出していたはず。 いつかは。 しばらく沈黙があって。 「そうだな」 長秀は目を足元に落として、小さく言った。 「『直江』だからな」 「わ!?」 少年の悲鳴にあたしたちは顔を上げた。 栗色の頭をヘッドロックして、親分が笑っていた。 悪ガキそのもの、って顔で。 嬉しそうーに右腕で囲った少年の頭をうりうりとかき回していた。 どうしてくれよう。 あたしは、すたたっと親分の後ろに駆け寄り、膝の後ろに蹴りを入れた。 「よっちゃんに何すんのっ!」 黄色い声、っつか、アニメの馬鹿ヒロインみたいな声をくっつけて。 救い出した「王子様」の左手を引いて走り出す。 馬鹿だよねぇ、「直江」。 戻ってきちゃってさ。 口元が笑っちゃう。 あわわ、とそれでも同じリズムで走ってくれるこの子が可愛い、って何の気持ちなのかなぁ。 とりあえず、もう少し追わせてやろうよ、我らが親分様に。 |