世界に満ちるすべての緑


黄金週間がはじまるよ♪

 なんつってはしゃいで見せるのが、ちょっとだけ職場でブームに――というか、やけのやんぱちの毒づきとして流行る四月下旬。
遅い桜に一喜一憂だったこの細長―い形の島国。
動き出した新年度、早々にトラブるのも出る「青い春」まっただなかの連中。

 まあ、キライじゃないけどさ。
っつか、そういうのの中に「目にも楽しい」を発見して定点観測する喜びでもなきゃやってらんないっつーの。

例えばほら、今、眼下に見える昇降口から出てきた二人。

変わった色合いの明るさを持つ短い硬い髪がつんつんと天を指している長身の男子と、その膝裏にハル○のローファーで蹴りを入れる小柄な黒い髪の女子と。
ほっそりとした彼女が何かぴしぴしとした言葉尻で叫び、少年が負けない勢いでそれに応じて。
相変わらずだな――。

あいつら身長差30センチぐらいあるんですよぉ〜、と後輩がにかにかしてたっけ。やつは中高大とずっと漫研で、二次元じゃ当たり前、のカップルが現実にはそうそういるもんじゃないってことを受け入れるのが辛い、って嘆いていたからな。

まあ、確かに目に心地よい。
でもそれは身長差云々ではなくて、この二人のかなり過激なスキンシップ?には、べたべたした腐敗の気配がまったくないからで。
それでいて――ほら、何だか知らないが悶着が治まったあと、二人は小さく笑い合い、少女の歩幅に合わせて楽しそうに校門に向かっていく。その爽やかな幸福感漂う足取り。

あいつらの行く先は「みつばち」だろうな。うちのガッコの連中御用達の甘味屋。宇治茶と白蜜、黒蜜、白玉、小豆に赤えんどう豆、寒天、どれをとっても極上――お?

明るい髪の少年と同じぐらいの背丈、彼より穏やかな栗色の髪をした三年生がB棟の方からやってきた。
珍しいこともあるものだなぁ。図書室の閉館時刻より前に帰路に着く彼を見るなんて。男子二人は顔見知りらしく、笑顔で言葉を交わしている。ああ、そういえば、この二人、前世紀の遺物である「頭髪証明」の提出の時、受付前で話してたな。

下級生の方が、ふと真顔になった。思わず窓から身を乗り出すと、大丈夫っすか?という心配そうな声が拾えた。顔、真っ白だ、と少女が上級生を見上げている。栗色の髪の少年は首を振ったが――。

ざざざっというタイヤの擦れる音。左側の校門に目をやると、荒々しく横付けされた青いアクセラ(あ、いいクラスのだ)。何だろう、とちょっと緊張したが素早い動きで降車したドライバーには見覚えがある。
年度初めに、本人には内密に、と面会を申し込んできた青年だ。新三年生になる眼下の少年の事実上の保護者だと名乗り、彼が春休み中に大病を患い、まだ回復途上の状態なのだと喧嘩腰の勢いで話した。 もう少し休養させたかったが、本人がどうしてもというので通学させることにしたが懸念している。細かく目を配ってやってくれ、と「言い渡して」いったのだ。
あんたはモンスター・ペアレントか、と眇目になりかけたが、彼のあまりに真剣で切迫した様子に思わずうなずいてしまったんだよなぁ。

今、その青年が車を降りてきて、走るように少年たちに近づく。被保護者である三年生は、右腕を取られ、一瞬抗うような動きを見せたが、うつむいて軽くよろめいた。
下級生の少年が気色ばむが、少女の腕に制される。彼女はたたっと小走りで、校門へ向かう上級生の左側へと追いつき、バッグを奪って先に車のところへ行き、後部座席へとそれを投げ入れた。
青年が礼を言ったらしい。軽くうなずいて少女は連れのところへ戻り、二人で青い車が去っていくのを見送っていた。

「うぉーい、用意できてます、教頭―?」
 わわ!と私は飛び上がった。
「何してんす、地区Pと地区交通安全協議会と、ってハシゴっしょ!? てきぱきしてくださいよーー!」
 車の鍵をちゃらちゃらと回しながら、若い数学教諭が近づいてきた。
「何見てたんすか。あー、あの二人っすね。いいですよねー。教員の夢、みたいな爽やかさん」
「いや、橘君が具合悪かったようで、保護者さんが迎えに来てたんですよ」
 数学教諭は、眼鏡越しにきつい目を向けてきた。
「ああ、あの若造ね。過保護の典型っしょ。実の親でもないのに」
 うっわ、きっつー、と私は目を丸くした。が。
「ところで――何なんですか、そのかっこは?」
 彼は柔らかなウェーブのかかった前髪をかき上げて、わが意を得たり、と目を細めた。
 濃紺に青灰色のピンストライプの細身のスーツに藤色のシルクのドレスシャツ、ワインカラーのリボンタイ、長い髪を結んだ髪ゴムはブロンズ色と銀色のラメラメまぶし。
 んっふ、と彼は笑った。
「オトナの女性たちの前に出るなら、やはり目の保養になるような、と」
「いつものヴィンテージ・アロハの方がマシですね」
 私は、ぱし、と一声で彼を叩きつぶした。
「運転は越智先生に頼むことにします」
 えええ、この期に及んでそんなーー!!という哀れげな声を背に、職員室との間のドアを開くと、突然通じた風の道に、ばたばたと書類が舞い上がり、悲鳴がぶつかる。

 新緑の香りの風が歓声をあげて走っていく。

 さあ、黄金週間がはじまるよ!!


                       了(‘10.5.4)





……わかる方にはわかる「勝手コラボ」。
すみません、今、あの二人、も好きなんです。
書きはじめたら、つるつるたったかたー、
だったコバナシです。
というわけで、
義明少年の18才の誕生日は病床で、
だったようです。
あっと、「青いアクセラ」はうちの車。
マ○ダをヨロシク、なオトナの事情。
(塚戸さんコメント)


・・・とこんな小話いただきました♪
今リアルでも窓から薫風が抜けていきます
ああ高耶さんの過保護ぶりが微笑ましい。。。
塚戸さん、どうもありがとうございました

2010/5/5





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