世界を奔るすべての気遣い




「なんかさぁ、センセイ」
 目つきの悪い――だが気はいい――明るい色の頭の二年生が、すれ違いざまにささやいた。
「過保護じゃね?」

 俺は持っていたファイルをばさっと落とした。
 あああ!と色頭の連れの小柄な女子が、飛び散った書類を集めてくれているのは目の端でわかったが、頭ん中で、ぐわんぐわんと色頭の言葉が回る。
「なん……だってぇ……?」
 ぐわし、と色頭の右肩をつかんでしまった。うう、男子なんて触っても嬉しくないが、セクハラ呼ばわりはされなくてラッキー。
 とはいえ、びびっと筋肉に緊張が走ったので、戦闘の合図じゃねえ、と低く言う。
 色頭は、ふう、と息をついたが、眉間のしわはそのままに、ちらっと図書室の奥に目を投げた。窓際の奥の学習スペース、「彼」の指定席。いつものように黙々と勉強している白いシャツの背中、柔らかい栗色の後頭部。
「大きい病気をしたって言うし、確かに痩せちゃったなとは思うけど、先輩、そんなにへれへれしてないぜ?」
 色頭は、むーん、と口をとがらせた。
 ……男がやっても嬉しくねっから、それ。
「いつだかの車で迎えに来たやつもセンセも、なーんかハラハラしっぱなしっつか、かまいすぎっつか。先輩、笑って受け流してっけど、そーとーイラついてると思うぞ?」

 どわぁ。
 なんだ、この連射はぁ!!?
「ほんとに調子悪けりゃ言うだろ。小学生じゃないんだから。見守るだけにしとけば?」

 はい、と渡された元通りになったファイル。
「おお、落とす前よりキレイにしてくれてありがとな」
 俺は色頭の肩を離し、ちびっこい女子の方へ身をかがめ、にっこり笑った。
 うふっふ、とそのつやつやの黒い髪をひとつ撫でると、色頭の方から、ぶわっとなんか色々な「気」が飛んできたが、彼女が困ったように、だが恥ずかしそうに返してくれた笑顔を堪能する。
 右側の乱れた気配が、びしばしと俺の背に当たるが――。
 これぐらいの意趣返しはさせろっつーの。

 とりあえず。
「皆さんの優等生」君には、しばらく関わらんようにしよう。

 過保護だって、カホゴ!!!
 長年生きてきて、こんな屈辱ははじめてだぜ!!

 俺はもう10度ほど、女子生徒の方へ上体を傾けた。
「数学、わかんないとこはいつでも聞きに来いよ。何度でも説明してやっからな」
 優しい優しい「教師」の声で。慈愛深き「教師」の微笑みで。
 彼女が大きな目を見張って、赤面する。
 燃え上がる右側からのビシバシ。

 へっ、文句があるなら職員室にいらっしゃーい♪


                        了(‘10.7.2)





続・過保護。
「はたから見れば五十歩百歩」
思いついてから10分もかかりませんでした。
しかしキタナイ報復だなぁ。

(塚戸さんコメント)


ちーの言葉には説得力あるなあ…(笑)
楽しい続編どうもありがとうございました(^^)v

2010/7/2





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