関わらねーんだってばっ! なのに、どーしてこーゆーことになるんだよ! 体育教諭Aが悪い。 なんでアキレス断裂で休む!! 社会教諭Bが悪い。 なんで、かみさんのお産で、授業の時間を振り替える!? で、どーして二年三、四組と三年三、四組が合同体育になる!? なんで柔道で、なんで! よりにもよって、二の三の色頭と三の四の栗色頭があたるんだ!? 一番理不尽だと思うのは、なんで俺がこのタイミングで武道場の脇を通りかかるか、ってことだ。 言っとくけど、覗きに来たなんてことは、ぜってぇねぇ! 何が悲しゅうて、むっさい野郎どもの肉弾戦なんか覗くか!! 左側のテニスコートで、女子がきゃいきゃい言いつつラケット振ってんのに、戸が開いてたからって武道場なんか――。 あいつらの頭が目立つのが悪(ワリ)ィ!! 俺のせいじゃねえ!! 「はじめ」 かけ声とともに組み合ったとたん、三年生、栗色頭のあいつの頬が、ぴり、と引きつったのが分かった。 「すみません、帯が解けました」 冷たいよく通る声で中断を申し出ると、色頭と間近で向かい合ったまま、目を落とし手を動かす。 その口元が硬くしっかりと動いた。 色頭の肩が揺れた。 栗色頭の面(おもて)が上げられ、双の琥珀色の強い光が相手を捉え、唇が酷薄な切れを見せて動き、きつく引き結ばれる。こちらに向けられている色頭の背にぐっと力がみなぎり、垂れていた両手が握りしめられた。 二度目の開始のかけ声。 今度は目に見えるかと思うほどの気迫が、ばばっと噛み合った。だが次の瞬間、水が流れるように片方の気がさらりと動き、色頭の二年生は、俺のすぐそばの床に背を叩きつけられる形で投げ出されていた。 あまりの早業に審判役がみな呆然としている。三年生がすっと中央に戻ってから、やっと彼の勝利を告げる声がした。 俺は伸びている色頭をのぞきこんだ。 「何、言われた」 色頭は、逆さのまま俺を見上げ、眉を寄せた。 「……別に」 「『手を抜くな』」 あいつの口調を真似たそれに、色頭の目が見開かれた。 「『加減しよう、なんてやりつけないことで身体を迷わせていると、怪我をさせるかもしれない』」 引き結び方まで似せた俺の口を見上げて、色頭が息を呑む。 「なんで……」 「できる教師は唇も読む」 ふてくされたように口元をひん曲げてから、色頭はニヤリと笑った。 「負けたんだぞ、お前」 「ああ」 二年生は唇を噛んだが、こぼれてくる笑みは抑えられていない。 「負けたんだよ。なにニヤニヤしてんの」 「ああ」 俺は、ぐい、と色頭の真上に顔を突き出した。 「過保護」 ぶわっと二年生坊主の顔が赤くなった。俺は勝利感でうっとりした。 そこへ。 「えー、なに、この子―??」 聞き慣れすぎた――しかし、ここで聞くことになるとは思わなかった上機嫌の声に、俺はぎょっとして右側を見た。 「なに、これがあの憎ったらだっていう二年生?? えー、可愛いではないの〜!」 小花柄のキャミにデニムのミニ、生足に黒革のサンダル。黒い髪さらら、は、ここのところよく見ているちびっこい女子高生の誰かさんと同じだが、中身はすでに醗酵の進みすぎた完熟少女……ってか、もはやオバさ……。 「なんで来た。外来者は受付を」 「あんたの妹だって言ったら、すんなり入れたー」 門脇綾子=柿崎晴家なボブカットのねーちゃんは、俺の方など見もしないで、まだひっくり返ったままだった色頭の近くに膝をついた。 「えー、この子の髪、いい色じゃん。綺麗じゃん。これで天然ものなの?? 養殖じゃないの??」 おい、と色頭が俺をにらみ上げた。さすがにこれは、と詫びようとした時、綾子は、わしゃ、と二年生坊主の髪に指を突っこんだ。 「おわあ!!」 叫びは俺のと色頭のとの二重唱。 「バカ、何すんだ!!?」 「ってか両手両手―!!」 うわわーー!と、とっても楽しげな綾子を止めようとした時、色頭の喉が変な音をたてた。 え、とそのパニくった目の見上げる先を振り返ると――うわあああ!! 待て待て待て!! いくら何でもそんなっ!! 沢山のテニスラケットを細い腕いっぱいに抱えた小柄な女子生徒が、澄んだ大きな目をいっぱいに見開いて、綾子に押さえつけられている色頭の顔を見つめている。 四すくみは、多分一瞬のこと。 少女は、すい、と目をそらすと、小走りに体育倉庫の方へ消えた。 「――――!!」 跳ね起きた色頭が裸足のまま、武道場を飛び出し、同じ方向へすっとんでいった。 「うわーーー……」 「あらーー」 「やっちゃった、てへ?って、笑うなよ!!!」 もうーーー、なんなのよ、このステレオタイプのしょーじょまんが通り越して、ご都合主義だろ、てめー、としか言えん展開は、と俺がさめざめと泣いていると。 「あれ、どうしたんです?」 汗ひとつかいてません、って爽やかな顔で、すべての元凶?――だったはずの三年生がやってきた。 「え、何かありました?」 首をかしげるやつに向かい合って、綾子がすっと上背を伸ばし、ゆるりと腕を組み合わせた。 「景虎があんたを見てこいって」 直江――というより、今の俺には三年四組の橘義明、がきゅっと眉を寄せた。 「……大丈夫ですってば!!」 抑えきれなくなった言葉じり。 「わかってるわ」 応じた静かな声に、俺は綾子をまじまじと見た。声と同じく表情も穏やかだった。 「でもね、あんたはこの束縛から逃れられないの。あんたを知ってる、あんたを大事に思う人たちからのお節介から」 彼女は、とん、と右のこぶしを橘の胸にあてた。 「お節介する側になりたきゃ、早く全快することね。意地はらないで、身体を休めて」 橘は目を伏せて溜息をついた。悄然としたその肩に、俺はぽん、と手を置き、声をひそめた。 「なあ、今夜ここに忍び込もうぜ」 目を丸くする二人に、おれは、うふふ、と笑った。 「お前、少し身体を動かした方がいい。久々にしっかり身体慣らして、打ち込み、乱取りしてさ」 驚いていた橘の頬がゆるんでくる。 「んで」 おれはどーん、と親指を立てた。 「仕上げは楽しい『大虎退治』だ!」 橘が吹き出した。 「ええ……!」 俺の生徒は輝くような笑顔になった。 了(‘10.7.3)
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