ゆめの泡沫うたかた

―つづき―




吐息のような空気の震えは、はたして男の耳に届いたのかどうか。
間近にある黒い瞳に魅入られているうちに、羽根の軽さで唇があわさった。 すぐに離れたそれは、今度は角度を変えて重ねられ、深く、直江を貪っていく。
熱を帯びはじめた身体からは、ふわりと、独特の体臭が薫った。

「……スイッチには触れなかったはずなんですが」
紛れもない欲情を知らせてくる高耶の変化に、歓びよりは戸惑いが先にたって、いささか間抜けな問いを直江は発した。
「おまえの手があんまりキモチイイから……、カラダに別な回路が出来ちまったみたい」
男の揶揄を気にする風でもなく、高耶は嫣然と微笑みながら、伸び上がるようにして耳元に囁き、柔らかく耳朶を食む。

「……それは嬉しい」
蕩けるような笑みを浮かべた直江が、主導権を奪い返そうとキスを仕掛けた。
が、それをするりと躱して、高耶の唇は次第にずり下がっていく。
うなじから鎖骨へ。襟を寛げ、釦を外して胸板から下腹へ。時に啄んで徴を刻みながら艶めかしく赤い舌が這っていくのを、呆然と直江が見つめる。
この愛撫には覚えがあった。
他でもない自分が彼に施していたルーティンを、高耶は忠実になぞっている。その先にある行為を容易に想像できて、直江はごくりと唾を飲む。
ベルトを緩める音が響き、ファスナーに手が掛かった。
「高耶さん……」
困惑を隠せない男の顔を、潤んだ瞳がみあげてくる。
「おまえの、飲みたい……飲ませて」
言うなり、高耶は直江のそれを取り出した。掌にくるみ、愛しそうに頬ずりする。
曝け出された内臓のような色味のその肉塊と、透き通るような白皙の頬との対比は、白日の陽の下で見るにはあまりにも強烈で、 彼を無理矢理汚している気分になってくる。
その背徳めいた光景と乾いた肌に擦られる刺激とが、二つながらに電撃となって背筋を貫いた。

たちまち張り詰め形を変えはじめたそれを、高耶がゆっくりと口に含む。
その口腔の熱さと柔らかさに、一瞬頭が真っ白になった。
やわやわと舌が遣い、女性器を擬態するかのように粘膜が絡みつく。
そのまま喉深くまで迎えられては、ゆるゆるとすぼめた唇で扱かれる。
唾液に濡れ光りながら唇を出入りする己の屹立と、時折のぞく薄桃の柔肉とが、途方もない淫らさで視界を圧倒し、奉仕されているという実感が、奥底の雄の優性に火を点けた。

気がつけば、直江は膝立ちになり腰を突き出し、高耶の頭を荒々しく押さえつけたまま、冒すように彼の喉奥めがけて放っていた。
声もなく達したが、瞬間口腔内で膨れ上がったその感覚を察したのだろう。 彼は、わずかに体を引き、噎せることもなく迸りを受け止めて、飲み下す。
そして、荒く喘鳴だけを繰り返す男のいまだ固さの残るものを清めるように、今度は濃やかに舌を這わせた。

やがて、濡れた音をたててようやくに唇が離れる。
無言のまま見交わす視線に、ゆっくりと高耶の口端がつりあがる。
「……おいしい。もっと……」
まなざしはそのまま、男の表情を窺うように、ちろちろと先端を舐めまわす。
放っておけばもう一度でも口淫をしかねないその媚態に、たちまち熱が滾っていった。

どくんと、脈打ったのは高耶にもわかったのだろう。
うれしそうに微笑んで口を開く顔を、直江の手がすくい上げた。
不満そうにみつめてくる彼に掠れた声で告げた。
「今度は私が……ね?」
その唇を貪りながら、高耶の下肢に手を伸ばす。
器用に片手で剥いでいくその仕種に、肩を揺らし、やがて腰を浮かして動きを助ける。

後はもう、互いが互いに溺れていくばかりだった。



「オレ……ずっと思っていた」
「はい?」
気だるい身体を男の胸にもたせかけて、高耶が呟く。
遠い昔、異国の姫君が語ったという寝物語のように。
「罠に掛かって絡め取られて僕に下った連中のこと。バカなヤツ、マヌケな連中だって。 ……奴隷になって主を乗せて再び古巣に足を踏み入れるのはどんな気持ちなんだろう? 同族を捕らえる片棒担ぐまでに身を堕すなんて…って、ずっと蔑みながら憐れんでいた。 でも…、違ったんだな」

吐息をひとつついて、高耶はまっすぐに直江を見る。
「おまえがそうしろというなら、オレだって仲間を売れる。 おまえの願いがオレの願い。誓約ってそういうことだったんだ。使役されるのじゃない。自ら望んで仕えているんだ……。たった一人の主に。今じゃ、むしろこういう相手に巡り合えないでいつまでもふらふらと流離っている仲間の方が気の毒に思えてくる。 自由なんかじゃない。彼らは…知らないだけなんだ」

己が全霊を傾けるに値する存在を主に戴くことの至福。その痺れるような甘美さを彼らは知らない。
ましてや、その存在が恐ろしいほどの独占欲を自分に向けてくるのだとしたら。縛られることがどれほどにあまやかな興奮を呼ぶことか。
スイッチはなにも直裁の愛撫だけではない。引き絞られた弓のようなこの感情に触発されて自分は昂ぶったのだから。
心が共鳴する。
直江の妬心は、そのまま高耶にも当てはまる。自分だって、この男に何かあったら許さない。 過去も未来も関係なしに嫉妬する。それが…彼を所有し所有されている自分の権利だから。

衒いなく思いを吐露する漆黒の瞳。
火を噴くような視線を、直江は微笑って受け流し、なだめるようにその額に口づける。
「忘れないでください。私だってあなたのものなんですよ。……だから、あなたの歓びが私の歓び。これまでも。……これからも」
含みを持たせた台詞に気づいた高耶が、目を瞠り、やがてこらえきれないように吹きだした。
「……なんか言葉遊びしてるみたいだな」
「……ですね」
くすくすと笑いながら、ふたり、腕を絡めあい、じゃれるようにキスをする。
「すこし、眠るといい……」
「……うん……」

訊きたいこと。知りたいこと。自分の。そしてこの男の。伝えたい想い。コトバでもカラダでも。
……いっぱいあるけれど、今は、この温もりが嬉しいから。
だから、今は、こうして抱き合ったままでいようと、高耶は重たくなった瞼を閉ざす。

語り尽くせぬ思いは、また別の夜の伽にして。




誓って本当の話ですが、「ゆめの泡沫」は読みきりのつもりでした。続きの予定はなかったのです。upした時点では。
それが何故に(ウラ仕様で)続いたかといいますと、up後に某さんが寄せてくださった感想が原因でした。
曰く「そのまま高耶さんに押し倒させればよかったのに〜」(笑)
いや、だって高耶さんトラだから。押し倒されたら直江、血みどろになってしまう…と、その場はお応えしたのですが。
一晩経ったら、高耶さん、しっかりオトナに育っていました…(^_^;)
どうやら、獣型がダメなら人型で押し倒せばいいと、深層意識が判断したようです。
一晩で育った割にupが遅いのは、やっぱりヘタレの悪あがきのせいということで(苦笑)
何がスイッチになるか解らないこの管理人は、感想ひとつでここまで妄想育てちゃうんです。
・・・そういうのがお嫌じゃない方、光や水や肥料を、どうか恵んでやってください・・・(拝み)




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