Precious -きぬぎぬ-




その夜の彼は、自ら炎に身を投げる兎のようだった。

抱き上げた彼を寝室に運びベッドに横たえて覆い被さって。
深いキスを与えた。欲情を滲ませながら肌をまさぐり衣服を剥いだ。
自ら望んだこととはいえ、頭で考えるのと直に愛撫を受けるのとでは全然違う。 歳若く潔癖な彼にとって、生々しさを伴う行為は嫌悪も羞恥もあるだろうに。
躊躇うそぶりも猶予を願うこともせず、彼は黙って裸身を曝し、すべてを自分に委ねてくれた。
彼が心から好いてくれているのは知っているし、こうして身体を重ねられることは素直に嬉しい。 なだらかな胸や若々しいオスに触れるたび、びくびくと身体がしなう初な反応に眼を細めた。
ただ高めてやりたくて、 この手で彼を快楽に誘えることが幸せで。
掌に熱い飛沫を感じた時には、まるで自分が達したかのような興奮と悦びを覚えた。
高揚のままに彼の菊蕾に触れる。 その瞬間、彼は大きく身じろぎ息を呑んで―――すぐにそれを恥じるみたいにすべての動きを止めた。
やはり抵抗があるのだろうか。厭ならば無理はしなくていいのだと伝えるつもりで彼をみあげた。 その表情の変化を、微かな意思表示を見逃すまいとして。
そうして長いこと見交わして、その眸に拒絶のないのを確かめる。 再びそろそろと伸ばした指先を、彼はわずかに腰を浮かせることで迎え入れた。
許されたのだと、そう思った。

本人の思いとはうらはら、未通の入り口は固く窄んでいてなかなか異物を受け入れようとはしなかった。
まだ潤滑の類は用意がなく、咄嗟に塗りこめた白濁もじきに乾いて滑りを失う。
意のままにならない身体に途方に暮れた眼をする高耶に安心させるように微笑んで、 直江は、さらに深く彼を拉いで脚を割ると躊躇うことなく奥処に唇を寄せた。
初めての彼に施すには、いささか性急すぎるかと思わないでもなかった。
が、身体を交えるためにはどうしたって此処を慣らさなければならない。 大きく広げて押さえつけた上腿が、緊張にぴくぴく引き攣るのを感じながら会陰に舌を這わせ、くすんだ窄まりをねっとりと舐めあげる。
濃密な愛戯にいずれ彼は音をあげる。遠からず掛かるだろう彼の拒絶を予想しながらも、 濡れてほころぶ襞の隙間に尖らせた舌を差し入れ指の先を燻らせた。

彼にとっては責苦に等しい時間だったかもしれない。それでも彼が欲しかった。
そして、そんな自分を、彼は止めだてしなかった。
制止どころか声ひとつあげない。どうにか含ませた指で狭隘な器官を解す間、 乱れる息すら洩らすまいと口を引き結び、浅く、せわしい呼吸を繰り返していた。
声を出して、と、何度も頼んだ。そのほうがラクだからと。
けれども彼は頑なに首を振り、眼差しだけで続きを促し続けた。苦行を自ら引き受けるみたいに。

潤む瞳をみつめるうちに、ふと、昔聞いた御伽ばなしが頭に浮んだ。
餓えた旅人を助けるために、燃えさかる焚火に我から飛び込んだという心優しい兎の話を。今の彼にそっくりだと。
本当は、辛いだろうし怖いだろう。まっさらな心と身体には羞恥を通り越して耐え難い屈辱かもしれない。 怯えて逃げ出すのが当然なのに。
でも彼はそれをしない。
思えば―――高耶はずっと不安だったのだ。
彼自身のためによかれと思って選択んだ数年の別離。
家族との絆を深めるのとは別に、自分たちの仲が一向に進展しないことに対する複雑な思いもまた育ててしまったかもしれない。 若さゆえの、焦りと煩悶を。
ことあるごとに言葉を惜しまず想いは伝えてきた。
そのつもりだった。
でもそれは大人の都合と分別を押し付けただけの自己満足。
成長期の高耶は自分以上に切実な想いと疼きを抱えていたのだろうと、 ようやく彼の真情に思い至って、直江は愕然とする。
厭だと言わないのでない。言えないのだ。
肌を重ねるところまできたというのに、また振り出しの清さに戻るのが恐ろしくて。
虚実がない交ぜになった数年間の怯懦が、彼に枷を掛けている。
湧き上がるはずの負の感情をすべて押し隠し供犠のように身を晒す彼が痛ましくて愛しくて、愛しすぎて――― 気が狂れるかと思った。

彼を壊してしまうかもしれない。それでも彼を征服したい。すぐにでも。
逸る心のままに、猛る己を押し当てる。
なによりも大切なはずの彼に与えたのは、身を裂く激痛。蒼白になりながら、それでも彼は瞳を閉ざし苦鳴をかみ殺そうとする。
その様子に、自分の忖度が的を射ているのを悟り、敢えて無情な言葉をぶつけた。
たとえ彼が拒んでももう止まらない。己の所有にしてしまうからと。
我欲剥き出しの傲慢な宣言に、この夜、はじめて高耶は安堵しきったように身体中を弛緩させた。
泣きながら笑い、好きだとすがりつく彼が、たまらなく愛しかった。


彼の分身に指をからげて気を逸らして、少しずつ身を進めた。
分け入る異物に馴染んだ頃には、荒い息とあまやかな声と濡れた水音が部屋を満たした。
最後の最後に彼の奥底に印した所有の証。
ほとんど同時に彼も何度目かの逐情をはたして、そのまま気を飛ばしてしまった。


至福の夜は、やがてきぬぎぬの朝にかわる。
新しい一日の始まろうとしていた。



次へ






一度は断念した懇切丁寧、こちらに飛び火。あ〜、すっきり(笑)
いつかまた、続きをデバガメしたいです



BACK