昼の貌 夜の想い




夜気にさらした素肌の上を、しなやかな指先と濡れた唇が滑っていった。
小さく円を描くようなその動きは、肌に触れるか触れないかの微妙で繊細なタッチで、それがかえって表皮の感覚を鋭敏に尖らせ、際立たせてゆく。

微かな吐息にそよぐ産毛の感触でさえ痺れるような快感になって、高耶は、潤み始めた瞳を閉じ、男の背中に回した腕に力をこめた。

密やかな息遣いがやけに大きく耳に響く。 優しく触れる唇が今はただ焦ったい。
全身が、丹念な愛撫にとろけてさらなる刺激を求めている。
背筋のくぼみをたどって、ためらいがちに次の行為を促そうとしたとき、すっと抱擁が解かれた。

唐突に離れてしまった体温を探して、もの問いたげに瞳が開いた。
体を反転させて、片肘で体重を支え、顔を上げる。

すぐ傍にゆったりとあぐらを組んだ直江の姿があった。
熱を含んだふたつの視線が絡み合う。

誘うように微笑いかけて直江が腕を差し伸べる。
意図を察して、高耶も気怠げに身を起こした。
膝立ちのままにじり寄ろうとした拍子に、ぎしりと微かな音を立ててスプリングがたわんだ。

不意に沈み込む感覚によろけた身体は、すばやく支えた腕に抱き取られて、気が付くと、組んだ足の上にまたがる格好で直江と胸を合わせていた。
思わず男の顔を見上げて、それから慌てて視線を外す。 そして上気した表情を隠すように首筋にしがみついた。

羞らうようなその仕草がひどく可愛い。
自分からねだるように求めておきながら、それでもいざとなると気後れする様子があまりにも彼らしくて、直江は声を出さずに笑った。

胸郭の震えが伝わって、すがりついている高耶の肩がぴくんとゆれる。

こんなわずかな刺激にも反応してしまうほど身体の準備は整っているというのに、気持ちのほうは素直に表せないでいる高耶が愛しくもあり、またもどかしくもあった。

極限まで追い詰めて虐めてやりたい衝動がふつふつと湧き上がってくる。

―――我を忘れてむせび泣く彼の姿を見てみたい。
羞恥を感じる余裕もないほど追い上げられたとき、一体どんな貌で、どんな声で自分に応えてくれるのだろう?



脳裏を掠めた幻想に薄く笑いながら、直江は、両手で高耶の双丘を割り裂くように掴むと、ゆっくりと自らの屹立したものの上にあてがった。
揉みほぐされた入り口に切っ先がめり込んだ瞬間、高耶の身体が強張った。
痛みこそ以前ほどではないものの、自分の内部に他人が侵入してくる感覚は強烈な異物感を伴っていて、どうしても身体が無意識に構えてしまうのだ。

だがそれを知っている男は急かさない。
面白がる表情で見下ろしたまま、ただじっと待っている。

程なく、高耶の緊張が緩んだ。
本能的な力みを意志の力で押さえつけ、大きく息を吐いて力を抜く。
そして、腰を落として、自ら直江を受け入れる。

狭い粘膜をえぐるように熱い塊が押し入って来る。 じわじわと、しかし確実に。
生木を楔で引き裂くような生々しい音さえ聴こえてきそうで、ともすれば逃げ出してしまいたくなるのを高耶は必死でこらえていた。
やがては深い陶酔をもたらす肉襞への感触も、いまはまだ張り裂けそうな予感に怯える恐怖でしかない。
根元まで呑み込み終えて、ようやく侵入が止まった。

安堵のあまり、長い長い息を吐く。
今度こそ、本当に全身から力が抜けていた。

腰に添えられていた手が動き出したのは、その無防備な一瞬だった。

張り詰めている内股をするりと撫で上げられて、尖りきっていた皮膚が総毛だった。
思わず上体をよじる。
そうすると、その動きに引きずられるように体の奥で繋がっている直江の昂りが思いがけない方向から突き上げてきた。
鋭すぎる刺激が走り抜ける。

優しげに触れるだけの直江の愛撫は、穏やかそうに見えて、確実に高耶を追い立てていった。
名手が楽器を奏でるように、指先の動きひとつで思い通りに高耶の反応を引き出していく。

小石を投げ入れた小さな波紋が、共鳴しあい同調してやがて大きな波になって岸辺を洗うように、そよぐような直江の手に身悶えするたびに、体の奥から強烈な快感が溢れ出す。
次々と湧き上がる官能の波は、とどまることなく高耶を翻弄し続ける。

膝の上の高耶が独りで悶え、独りで昇りつめていくのを、直江は涼しげな顔でじっと観察している。
その視線を感じながら、高耶は懸命に洩れそうになる喘ぎを飲み込んでいた。
直江の目の前で痴態ぶりをさらしている自分がたまらなく恥ずかしく、また、そう仕向けている直江が恨めしくて、せめて声はあげまいと唇をかむ。

「おまえ……ずるい……」

荒ぐ呼吸の下で絶え絶えになじった高耶の言葉に、直江の眼が剣呑な光を帯びた。

「そういうあなたはとんでもない意地っ張りだ。いまさら恥ずかしがることはないでしょう?欲しいなら欲しいと何故素直に言えないんです?ほら、我慢なんかしていないで声をあげてごらんなさい。もっとよくなるから。……俺はいい声で鳴くあなたの声が聴きたいんです」

耳朶を甘噛みされながらの囁きに、全身が震えた。
そのままうなじを吸おうとする直江を、悲鳴のような声で高耶が制する。

「今日はダメだ!……痕なんかつけたら……」

明日は千秋や綾子と落ち合う手筈になっている。
衣服で隠せない首筋に薄紅の痣など残せない。

「おや、まだそんな余裕が残っているんですか。妬けますね。彼等への体面を気にする前に俺の事だけ見ていて欲しいのに……。それとも、まだ足りない?もっといっぱいにしてあげましょうか。俺以外、何も考えられなくなるように……」

抗う高耶にかまわず、強引にくちづけていく。
耳の後ろから襟足にかけて、汗で重くなった髪をかきあげながら、その生え際を丹念に。

「バカ……やろう…」

両腕を突っ張り引き剥がそうとするが、身体の中心に楔を打ち込まれていてはそれもままならない。
それでも体をよじり、唇から逃れようとする高耶に、いきなり直江が歯を立てた。

「あああ―――っ!」

たまらずに悲鳴をあげる。灼けつくような痛みが全身を突き抜けた。
戯れなどではない、本気で犬歯を立てて噛みつかれた部分から皮膚が破れて血が滲みだしていた。
大事そうにそれを舐めとりながら、間髪をいれず直江が腰を突き動かす。

「ああ……っ!」

一度叫んでしまえば、もうこらえることはできなかった。
後から後から甘い声がこぼれて、薄闇に溶け込んでいく。
自分の声とは思えないほどの媚を含んだ艶っぽい響きが、一気に高耶の体温を上げていった。

悲鳴をあげながら魚のように跳ねる肢体を巧みに御しながら、直江は弾む呼吸を隠そうともせずに、さらに言葉で追い詰めた。

「……熱く硬くなっているのが判るでしょう?あなたの声にそそられているんです。ほら、こんなに」

ことさらに手荒く抜き挿しされて、たまらずに高耶がすすり泣いた。

「気持ちいい?」

もう応えなど返せない。頭の芯が皓く灼けついている。
不意にすすり泣きが切迫したあえぎに変わった。
小刻みに震えの走る身体が高耶の限界を知らせてくる。
とどめのように腰を突き上げてやると、その瞬間、迸った暖かなものが直江の下腹を濡らした。
果てた高耶がぐったりと身を預けてくる。

肩にもたれて眼を閉じている両頬を包み込み、仰のけた。
薄く開いて喘ぐ唇に自分のそれを深く重ねる。吐息ごと貪り尽くす勢いで。
行為の後の優しくいたわるキスではない。激しい欲情を剥き出しにした濃厚なくちづけだった。

「直江……苦しい……」

執拗に入り込もうとする舌先をかわし、覆い尽くそうとする唇から逃れて、やっとのことで訴える。
ただでさえ荒く滞りがちな呼吸は、唇を塞がれたせいでもう窒息寸前だった。
苦しげに顔を歪め、大きく肩が上下している。
そんな高耶の様子を見て、直江が酷薄な笑みを刷いた。

「……あいにく俺はまだまだ満足できない……。もっとあなたを貪りたい。楽しませてください。もっと、もっと……あなたのこの淫蕩な身体で、俺を悦ばせて……」

両手を高耶の膝裏にまわすと、無造作に己のものを引き抜きざま、その身体をすくいあげる。
まるで小さな子供を扱うように抱えあげたままくるりと反転させると、今度は一気に貫いて再び膝の上に戻した。

「な…何?……」

訳がわからないうちに向きを入れ替えられて、再び熱い怒張が押し入ってきた。
すでに充分に潤っていたそこは何の抵抗もなく直江を受け入れたが、高耶にはそれを素直に快感として受け止めることはできなかった。

こんな体位は初めてだった。
急に拓けた視界が妙に心細い。
しがみつくものを探して、両手が心もとなく彷徨いだした。
無理にでも体をねじろうとするのを、直江は後ろから羽交い絞めにする格好で動きを封じた。
さっきまで吸われていたうなじに再び吐息を感じて、皮膚があわだつ。
そんな高耶の反応を楽しむように、直江はゆっくりと舌をそよがせ、熱を帯びた鬱血の痕を辿っていった。
前に回された両手は、胸の突起を探り当てて、硬くしこったそれを弄んでいる。

いったんは収まった衝動がまた、じわじわとやってくる。

「いやだ……こんなの……」

直江の腕に爪を立てながら、歯を食いしばって高耶が言った。

「どうして?」

笑いを含んだ吐息が耳にかかる。

「俺が見えないから?すがりつくものがなくては不安ですか?こんなにぴったりくっついているのに欲張りですね」

言いながら、高耶の手を自分の腕から引き剥がし、掌で包み込む。
そのまま導くようにして握らせたのは、高耶自身の昂りだった。

「!っ……」

「どうすればよくなるか……あなただってご存知でしょう?俺に爪を立てるよりよっぽど有意義ですよ。ほら、あなたの坊やが遊ばれたがってうずうずしてる……」

すでに半分勃ちかけているものを高耶の指ごと握りこんで、やわやわと使い始めた。
同時に後ろからも腰を突き上げてやる。
こらえきれずに高耶がうめいた。

「他人に見られながら猛っていくのも……刺激があっていいでしょう?……もうこんなになっている」

「この……変態っ!」

喘ぎながらの罵りを直江は笑って受け流す。
口では何を言おうと、稚い身体は与えられる刺激を正直に貪って、ますます硬く張り詰めていくのが判るからなおさらだ。

この期に及んでまだ素直に欲望を認めない頑な心を堕してみたい……そんな昏い想いが男を駆り立てている。

頃合を計りながら、唐突に直江は手の動きを止めた。

「……あっ」

突然途切れた刺激に、高耶が小さく声をあげた。
勝ち誇った声で、直江が囁く。

「ほら、あなただって俺と同じだ……。こんなに欲しがっているくせに、嫌がるふりはもうおよしなさい。……どんなに乱れてみせても、そんなあなたは俺だけしか知らない。他には誰も見ていない。……だから、好きなだけ欲しがっていいんですよ」

耳元に注がれる嗜虐の言葉にますます煽り立てられて、高耶の眼に涙がにじんだ。
身体の奥の熾火は、もうどうにもならないほどに燃え上がってしまっている。
痺れるような疼きが全身を覆って、もどかしさに気が狂いそうだ。
霞む思考が、いつか、毒を含んだ言葉を蜜の甘さにかえて繰り返す。

「……ん……」

全身を赤く染めて、まるで暗示にかかったように、高耶は自分で指を使い始めた。
直江の視線にさらされながら、それでも、もう動きは止まらない。
内にこもってたぎる熱をどうにかして払ってしまいたい……その一念が高耶を突き動かしている。

何もかもかなぐり捨てて、自らの行為に没頭していく高耶の様子を、直江は目を細めて後ろから見つめていた。

羞恥を忘れて快楽に耽る高耶の姿は、まるで蝶の羽化を見るようだ。
殻を脱ぎ捨て、昼とは別の貌をさらけだす。

瑕ひとつない優美な羽をしなやかに広げたこの生き物は、自分の楔に貫かれて自由を封じられ、展翅された美しい翅をばたつかせている。
悶えるさまが断末魔の苦鳴にも似て、見ているだけで眼が眩みそうだ。

夜に生まれたこの妖しく艶めかしい存在を、自分以外誰も知らない。誰にも気取らせない。

自分だけの所有だから―――そんな独占欲が頭をもたげる。

前からの刺激だけでは足りなくなったのだろう、いつのまにか高耶は腰を振って、内部の直江をより深く導こうとしている。
不安定に揺れる上体を抱きしめて支えてやりながら、高耶のリズムに合わせるように、自らも腰を動かす。
そのたびに裏返った喘ぎが心地好く耳に響き、言葉よりも雄弁に肉襞が柔らかく絡みついた。

……全身の感覚でこの愛しい存在を感じている。

先ほどまでの凶暴な感情はきれいに消え失せていた。
共に高みまで昇りつめたい。そんな想いで穿ち続ける。
夜という刻を特別な意味に変えるために。




声にならない悲鳴をあげて高耶がシーツに真珠の雫を散らした。
痙攣しながら仰け反る身体が最後の震えを伝えてくる。
その甘美な刺激を味わい尽くして、直江もまた、練り上げていた気を高耶の内部に解き放った──




今度こそ、精も根も尽き果てたという風情の高耶を、直江はそっと引き寄せる。
別人のような優しい仕草に、虚ろに眼を見開いていた高耶が微かに微笑って全身を預けてきた。
いつもの直江に安心したとでもいうように男の胸に手をおき、そのままことんと眼を閉じる。
程なく小さな寝息が聞こえてきた。




朝になれば、高耶はいつもの高耶になる。
抱き合った事実など忘れてしまったかのように、強い光をその瞳に湛えた不遜な少年に。

そうなれば、直江も、後見人という己の役目に徹するだけだ。
思慮深く世慣れた大人として、高耶の矜持を守るために。
閨での出来事など、おくびにも出さずに。

「あなたはそれを俺の優しさだと思っているんでしょう。本当は、綺麗なあなたを誰の眼にも触れさせたくない、ただそれだけなのに。そんなちっぽけな人間をここまで信用して……いつか足元をすくわれることになりますよ」

自嘲まじりの呟きを、抱きしめた無垢な寝顔に語りかける。
昼と夜の、二つの貌を知るのは自分だけでいい。自分だけが本当の高耶を独占している。

そんな想いが直江を満たし、夜が更けていった。



聯珠の一連の和綴じ本を出した後、「直江、優しいですね」といった感想をちらほらいただきました。
「えっ?あら?そう???」感想いただけたこと自体は嬉しかったのですが、
自分で書いた直江のことを優しいというよりは詰めの甘い男だと思っていた私には、意外な反応でした。筆力のなさをまず反省。でも
「ち〜が〜う〜。優しく見えるけどそれに騙されちゃいけないんだってば。ハラの中じゃあんなことやこんなことを考えているんだからね…」
と直江の本音をわりかし忠実(誰に?)なぞっていったら、こんな話になってました…。もちろん配布なんてできません(-_-;)
でも愛着はあったので、結局本になってます。…詰めの甘い腹黒い直江、好きなんです…(苦笑)




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