微かな吐息にそよぐ産毛の感触でさえ痺れるような快感になって、高耶は、潤み始めた瞳を閉じ、男の背中に回した腕に力をこめた。
密やかな息遣いがやけに大きく耳に響く。
優しく触れる唇が今はただ焦ったい。
唐突に離れてしまった体温を探して、もの問いたげに瞳が開いた。
すぐ傍にゆったりとあぐらを組んだ直江の姿があった。
誘うように微笑いかけて直江が腕を差し伸べる。
不意に沈み込む感覚によろけた身体は、すばやく支えた腕に抱き取られて、気が付くと、組んだ足の上にまたがる格好で直江と胸を合わせていた。
羞らうようなその仕草がひどく可愛い。 胸郭の震えが伝わって、すがりついている高耶の肩がぴくんとゆれる。 こんなわずかな刺激にも反応してしまうほど身体の準備は整っているというのに、気持ちのほうは素直に表せないでいる高耶が愛しくもあり、またもどかしくもあった。 極限まで追い詰めて虐めてやりたい衝動がふつふつと湧き上がってくる。
―――我を忘れてむせび泣く彼の姿を見てみたい。
だがそれを知っている男は急かさない。
程なく、高耶の緊張が緩んだ。
狭い粘膜をえぐるように熱い塊が押し入って来る。
じわじわと、しかし確実に。
安堵のあまり、長い長い息を吐く。 腰に添えられていた手が動き出したのは、その無防備な一瞬だった。
張り詰めている内股をするりと撫で上げられて、尖りきっていた皮膚が総毛だった。
優しげに触れるだけの直江の愛撫は、穏やかそうに見えて、確実に高耶を追い立てていった。
小石を投げ入れた小さな波紋が、共鳴しあい同調してやがて大きな波になって岸辺を洗うように、そよぐような直江の手に身悶えするたびに、体の奥から強烈な快感が溢れ出す。
膝の上の高耶が独りで悶え、独りで昇りつめていくのを、直江は涼しげな顔でじっと観察している。 「おまえ……ずるい……」 荒ぐ呼吸の下で絶え絶えになじった高耶の言葉に、直江の眼が剣呑な光を帯びた。 「そういうあなたはとんでもない意地っ張りだ。いまさら恥ずかしがることはないでしょう?欲しいなら欲しいと何故素直に言えないんです?ほら、我慢なんかしていないで声をあげてごらんなさい。もっとよくなるから。……俺はいい声で鳴くあなたの声が聴きたいんです」
耳朶を甘噛みされながらの囁きに、全身が震えた。 「今日はダメだ!……痕なんかつけたら……」
明日は千秋や綾子と落ち合う手筈になっている。 「おや、まだそんな余裕が残っているんですか。妬けますね。彼等への体面を気にする前に俺の事だけ見ていて欲しいのに……。それとも、まだ足りない?もっといっぱいにしてあげましょうか。俺以外、何も考えられなくなるように……」
抗う高耶にかまわず、強引にくちづけていく。 「バカ……やろう…」
両腕を突っ張り引き剥がそうとするが、身体の中心に楔を打ち込まれていてはそれもままならない。 「あああ―――っ!」
たまらずに悲鳴をあげる。灼けつくような痛みが全身を突き抜けた。 「ああ……っ!」
一度叫んでしまえば、もうこらえることはできなかった。 悲鳴をあげながら魚のように跳ねる肢体を巧みに御しながら、直江は弾む呼吸を隠そうともせずに、さらに言葉で追い詰めた。 「……熱く硬くなっているのが判るでしょう?あなたの声にそそられているんです。ほら、こんなに」 ことさらに手荒く抜き挿しされて、たまらずに高耶がすすり泣いた。 「気持ちいい?」
もう応えなど返せない。頭の芯が皓く灼けついている。
肩にもたれて眼を閉じている両頬を包み込み、仰のけた。 「直江……苦しい……」
執拗に入り込もうとする舌先をかわし、覆い尽くそうとする唇から逃れて、やっとのことで訴える。 「……あいにく俺はまだまだ満足できない……。もっとあなたを貪りたい。楽しませてください。もっと、もっと……あなたのこの淫蕩な身体で、俺を悦ばせて……」
両手を高耶の膝裏にまわすと、無造作に己のものを引き抜きざま、その身体をすくいあげる。 「な…何?……」
訳がわからないうちに向きを入れ替えられて、再び熱い怒張が押し入ってきた。
こんな体位は初めてだった。 いったんは収まった衝動がまた、じわじわとやってくる。 「いやだ……こんなの……」 直江の腕に爪を立てながら、歯を食いしばって高耶が言った。 「どうして?」 笑いを含んだ吐息が耳にかかる。 「俺が見えないから?すがりつくものがなくては不安ですか?こんなにぴったりくっついているのに欲張りですね」
言いながら、高耶の手を自分の腕から引き剥がし、掌で包み込む。 「!っ……」 「どうすればよくなるか……あなただってご存知でしょう?俺に爪を立てるよりよっぽど有意義ですよ。ほら、あなたの坊やが遊ばれたがってうずうずしてる……」
すでに半分勃ちかけているものを高耶の指ごと握りこんで、やわやわと使い始めた。 「他人に見られながら猛っていくのも……刺激があっていいでしょう?……もうこんなになっている」 「この……変態っ!」
喘ぎながらの罵りを直江は笑って受け流す。 この期に及んでまだ素直に欲望を認めない頑な心を堕してみたい……そんな昏い想いが男を駆り立てている。 頃合を計りながら、唐突に直江は手の動きを止めた。 「……あっ」
突然途切れた刺激に、高耶が小さく声をあげた。 「ほら、あなただって俺と同じだ……。こんなに欲しがっているくせに、嫌がるふりはもうおよしなさい。……どんなに乱れてみせても、そんなあなたは俺だけしか知らない。他には誰も見ていない。……だから、好きなだけ欲しがっていいんですよ」
耳元に注がれる嗜虐の言葉にますます煽り立てられて、高耶の眼に涙がにじんだ。 「……ん……」
全身を赤く染めて、まるで暗示にかかったように、高耶は自分で指を使い始めた。 何もかもかなぐり捨てて、自らの行為に没頭していく高耶の様子を、直江は目を細めて後ろから見つめていた。
羞恥を忘れて快楽に耽る高耶の姿は、まるで蝶の羽化を見るようだ。
瑕ひとつない優美な羽をしなやかに広げたこの生き物は、自分の楔に貫かれて自由を封じられ、展翅された美しい翅をばたつかせている。 夜に生まれたこの妖しく艶めかしい存在を、自分以外誰も知らない。誰にも気取らせない。 自分だけの所有だから―――そんな独占欲が頭をもたげる。
前からの刺激だけでは足りなくなったのだろう、いつのまにか高耶は腰を振って、内部の直江をより深く導こうとしている。 ……全身の感覚でこの愛しい存在を感じている。
先ほどまでの凶暴な感情はきれいに消え失せていた。
そうなれば、直江も、後見人という己の役目に徹するだけだ。 「あなたはそれを俺の優しさだと思っているんでしょう。本当は、綺麗なあなたを誰の眼にも触れさせたくない、ただそれだけなのに。そんなちっぽけな人間をここまで信用して……いつか足元をすくわれることになりますよ」
自嘲まじりの呟きを、抱きしめた無垢な寝顔に語りかける。 そんな想いが直江を満たし、夜が更けていった。
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