入り口脇のサンルームに、目指す二人の姿はあった。 ドライハーブ特有の芳しい香りに溢れた陽だまりの中で、高耶がほっとしたように立ち上がる。 一方の綾子は、近づく二人に見向きもせず、テーブルに置かれたカップのひとつひとつを手にとって、味と香りの確認をしている。 「へえ、きれいなもんだな」
上から覗き込んだ千秋が言った。 「それで迷っているのよ。美弥ちゃんにはどれがいいかしらね?」 「……そのための試飲だろ?美味いと思ったのにすりゃいいじゃねーか」
そう言うなり、綾子の手からルビー色のカップを取り上げて、一口、口に含む。 「……なんだか塩気のない梅干し湯みたいだな。他のはどうなんだ?」
ゴクリと飲み下して感想を述べる。 「じゃ、これはどう?林檎の香りのカモミール……ハーブティーの代表格よね。風邪薬にもなるんですって」
テーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顎を伸せて上目遣いに見上げる顔には悪戯っぽい笑みが煌めいている。 「いいか。言っておくぞ?……万一風邪を引いちまったら、酒、かっくらって寝て治す。だから、間違っても親切ごかしにこれ淹れて呑まそうなんて考えるなよ?」 「あら、二日酔いにも効くそうよ?直江、そんなとこで固まってないであなたもいかが?」 「遠慮しておく」 間髪いれず断ってから、直江は、ずれかけていた話題を元に戻した。 「お茶はとりあえず自家用だけにして、お土産は別のものにしたらどうだ?……香り袋とかハーブ染めとか、女の子の喜びそうなものは他にも扱っているんでしょう?」 礼儀正しく尋ねる直江に、お茶の説明をしていたらしいスタッフが笑いながら頷いて、棚のひとつを指し示した。さまざまな瓶詰めや缶のほかに、色々な小物が飾ってある。 「おっ、いいねぇ。俺もひとつ買っていこうかな」
まず千秋が席を立つ。続いて高耶と直江がぞろぞろと棚の前に移動した。
突然声を張り上げた綾子に、高耶がぎょっとしたように眼を向ける。 「これすっごく珍しいの。美弥ちゃん、確かお菓子焼くのよね?スコーンに添えたら美味しいわよぉ」
一人はしゃぐ綾子の背後で奇妙なうめき声がした。 「……おまえ、ルバーブの和名知ってて言ってんのか?大黄だぞ、大黄。それのジャム贈られて誰が嬉しがるよ?」 「うるさいわねっ!一瓶全部一気食いするわけじゃなし。第一、薬にするのは根っこの方でしょ!ジャム食べたからっておなか壊すわけないじゃない。……それに百歩譲ったとして美容に便秘は大敵なのよ?お通じは無いよりあったほうがいいに決まってるわ!」
だいぶ趣旨がずれている。 「漢方では下剤として処方されることが多いんです。まあ、美味しいというのは本当ですし食べ過ぎない方が良いというのも事実ですが……」 苦笑まじりに、今度はいきり立つ綾子をなだめにかかった。 「綾子、おまえもその辺で……。嫁入り前の若い娘が人前で口にする話題じゃないだろう?」
ぐぐっと綾子が言葉に詰まった。何とも白々しい台詞だが恐ろしいことに筋は通っている。 「そうそう。せっかくの美人が台無しだぞ」 そんな千秋を射殺しそうな眼で睨み、綾子は憤然と宣言する。 「とにかく!あたしはこれにしますからね。長秀っ!美弥ちゃんに余計なこと吹き込んだら只じゃ置かないわよ!」 「へいへい……。じゃ、俺はこれにするわ」 そう言って指差す先には、パステルカラーの特大のクッションが飾られていた。 「……ちょっと大きすぎない?」 「女の子には投資を惜しまない主義なんだ」
あきれ返る一同の視線など歯牙にもかけずに言ってのける。 「──っ! なんでオレだけ持つんだよ。千秋、自分で持ってかえればいいだろっ!」 「あれ?言わなかったか?人使いの荒い誰かさんのせいで、俺、これから出張なんだわ。文句はそっちの旦那にいいな。帰ったら必ず顔出すから、美弥ちゃんによろしくな。ちゃんと俺の気持ち、届けろよ」 「…おまえ、わざとかさばるもん選んだな!」 「やだねー。タマタマに決まってんだろ?考えすぎだ、考えすぎ」
大嘘である。 |