DEAD END




 
食事をつくるのが高耶の受け持ちなら、夕食後の飲み物を用意するのはもっぱら直江の役目だった。
後片付けを済ませ、シャワーを浴びてさっぱりした高耶は、直江に着替えを借りてすっかり寛いだ格好をしている。
お湯で温められ、匂うような素肌から眼を引き剥がすようにして、直江はグラスを差し出した。

「サンキュ…」

手渡されたそれを、一口含んだ高耶が意外そうな顔で直江を見る。

「これってブランデー?」

「水割りにしてみました。飲みやすいでしょう」

返事の代わりに掲げられた壜を見て高耶が眼を見張る。
子供でも銘柄を知っている、超がつくほどの高級品だ。

「お前、こんなもの、どっから……」

「兄の事務所からの戦利品です。どうせ到来物ですから」

この言分には当の照弘は絶対同意しないだろうと思いながら、今度はゆっくりと舌で転がしてみる。
ふわり、と芳醇な香りが口腔にひろがった。

「こんな高価い酒、水なんかで割ってガキに飲ませたって知ったら、お兄さん何て言うかな」

ぼそりと呟いた感想にも直江は動じない。

「いい酒はどう飲んだっていいんですよ。ほら。実際香りは少しも損なわれていないでしょう?掌で暖めながら舐めるように楽しむのもいいけれど、若いあなたには少しまどろっこしいかもしれないから…」

「………」

確かにその通りだった。
そんな窮屈な飲み方など願い下げだ。
しかし、自分だけだったら、ブランドの持つ風格に負けて、結局マニュアル通りにしかできなかったろう…と思うのもまた事実だった。
この男のようには、変幻自在に楽しむ術をまだ持てない。
何気ない日常の仕草に人としての年輪の厚みの違いを感じて、時折やりきれなくなることがある。
記憶の不完全な今の自分には、到底この男には敵わない。
それを知っていながら、なお誠実な態度を崩さない男のことを量りかねている自分がいる。

「高耶さん?」

そんな思いが表情に出たのだろうか、直江が怪訝そうに声をかけてきた。

「いや、お前なら、そういう飲み方もさまになってそうだよなって思ってさ。酒に呑まれないぐらいオトナだもんな。こんなガキのお守りしてて虚しくなんねーか?
行くとこ行けば綺麗なおねーさんが放っておかないんだろ?そっちのほうが楽しくない?」

「あなた以上に綺麗なひとなんているわけないじゃないですか」

「お前…、それ本気で云っているんだったら殴るぞ?」

眉間にしわを寄せながら拳をかためる高耶に、直江が軽く両手をあげてみせた。

「冗談は抜きにしてね、私はあなたの傍にいられることが嬉しいんです。あなたを失っていた年月が長すぎたから…。こうして過ごせる時間が私にとってどんなにかけがえのないものか…きっとあなたには想像もつかないでしょうね」

こういう台詞を本気で言うからこの男は怖い。
それこそ場数を踏んでいない高耶は茶化すことも突っぱねることもできなくて、ただ赤くなって俯くだけだ。
なお悪いのは、そんな風に甘やかされることに悦びを感じてしまう自分が確かに存在するということだった。
とてもしらふではいられなくて、残りの酒を一息に呷る。

「お代わり!」

突き出されたグラスに直江がため息をついた。

「飲みやすいのも考えものですね…。口当たりの柔らかさに騙されると後でひどい目にあいますよ」

ぷっと高耶がふきだした。
酒のことを言ったのだが、どうやら別の意味にとったらしい。

「そういえばよく似てるわ。お前、介抱慣れもしてそうだもんな。据え膳もずいぶん喰ったろ?」

「ひどいですねぇ…。ご希望ならあなたで試してみましょうか?」

「バーカ」

くすくす笑いながら、他愛のないやり取りを楽しむ。
アルコールが効いてきたのか、頭の芯がくらりとした。
心地よい痺れが封印している心の奥底の願いを曝け出して、高耶は直江の肩にもたれかかった。

「おやおや、もう酔ったんですか?」

揶揄するような口調にももう応じない。
眼を閉じたまま、吐息を肌で感じている。
自身とよく似た酒の香りで、直江の呼気はうっとりするほど芳しかった。
不意に衝動に駆られて、唇を近づける。

「高耶さん?」

夢とうつつのはざまのキスは、触れただけで終わってしまった。
身体を預け、しあわせそうに寝入る高耶を抱えて、まさに「据え膳」の今の状況に、一人悩む直江だった。                                       

                        




タイトルに深い意味はありません。「袋小路」のパラレルの話です。
同じ書き出しの同じシーンが「わたげいろの日々」にあるのですが、そちらにはどうしてもお酒のことが入れられず、
別に書き出してみたら話が全然違う方向に流れてしまいました(笑)

この時期に書いたものは大概そうですが、この設定でもふたりは清い関係です。
今書くんだったら、直江は高耶さんを絶対押し倒してコトに及んでいると思うのですが、(←おいっ!)
子育て真っ最中だった当時は妄想育てる気力と体力が私に残っていなかったのです(笑)




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