夏の食卓




黙々と口を動かし、枝豆の莢の山を作りながら、高耶は改めてテーブルの上の料理の数々を見渡した。
チーズとバジルをあしらったトマトのサラダ。
おかかの載ったモロヘイヤのおひたし。
ナスのシギ焼き。かぼちゃの煮付け。
小鉢に盛られた胡瓜の和え衣は、どうやら胡桃をすったものらしく、風味豊かなお菓子のように甘酸っぱい味がする。
そしてひときわ鮮やかなスタッフド・ピーマンは、緑色のものだけでなく赤や黄色のパプリカも使われていて眼にも美味しいカラフルな一皿だ。
これだけきれいならばピーマンの嫌いな子どもでも騙されて食べるかもしれないな…とそこまで考えて、ふと思い当たった。
こども?
たしか義弘には一人娘がいたはずだ。
高耶の怪訝そうな表情にいち早く気づいた直江が問い掛ける。

「そういえば、義姉さんは?里帰りですか?」

「ああ、ももを連れてな。おかげでこうしてゆっくり飲める」

そう言って義弘がグラスを持ち上げてみせる。

「オニのいぬ間の洗濯ってやつだ」

「よく云いますね。目に入れても痛くないほど、メロメロのくせに」

「そりゃかわいいさ。俺の桃子は女房に似て、将来はすごい別嬪になる。…でもな、義明。毎日毎日、纏わりつかれて風呂に入れる俺の身にもなってみろ。酔っていたら危ないってんで、ノルマがすむまでは晩酌もお預けなんだぞ?」

「ははあ、それで今日はいやに上機嫌なわけだ。こんなに早い時間から一杯やれて」

「おおっ、それに高耶くんが来てくれたおかげで、つまみが充実してるしな」

あやうく飲みかけのビールを吹き出しそうになった。
先程の、あのやけに嬉しそうな手招きはこういう意味があったのだろうか。
そんな高耶の反応を豪快に笑いとばしながら、義弘は硝子のボウルを引き寄せた。
それは、どうしても高耶には見当のつかなかった正体不明の料理だった。
くすんだウグイス色のペーストでお世辞にも美味しそうとはいえない外見をしている。
つい、まじまじと見つめてしまう高耶の前で、義弘は添えられたトーストの小片にそのペーストを無造作に載せてかぶりつく。
高耶の視線に気がつくと、合点がいったように微笑んだ。

「これかい?うちじゃ、ナスのキャビアと云ってるけど…、正式にはなんて名前だったかな?」

と直江に振る。
問われて直江も首を傾げた。

「さあ?そういえば聞いたこと、ありませんねえ。とにかく食べてみてください。一言じゃ説明できない味なんです。見かけはこんなだけど、美味しいですよ?」

云われて恐る恐る手を伸ばす。
みようみまねでトーストに載せ、思い切りよく口にした。

「……」

初めて口にする不思議な食感だった。
ねっとりとしたナスのペーストのなかに、みじん切りのたまねぎやにんにくや黒胡椒の粒の混ざっているのがわかる。
それが歯にあたるたび、素材の持つ香りが弾けるように口中に広がる。
ほのかな塩味と野菜の甘味のバランスは、冷たく冷やされているせいでまったりとした旨みを作り出していた。
思わずお代わりに手が伸びる。

「悪くないだろ?姉が留学生の知り合いから教わったんだが、それ以来、夏の定番なんだ。あっちじゃこれがお袋の味らしいんだな」

高耶につられるように、直江も義弘も手を伸ばしてきて、添えられていたトーストは、たちまち底をついてきた。

「お母さん、お代わり頼めますか?」

ちょうど豆腐を運んできた春枝に義弘が声をかけた。

「あら?気に入ってもらえたのね?すぐ用意しますからちょっと待ってね」

「面倒だったらなにもパンの耳はとらなくてもいいですよ?」

殊勝そうな義弘に春枝が笑いながら首を振る。

「そんな身も蓋もないことは云わないのよ。お客様がいるときぐらい、少しは気取ってみたいじゃありませんか。ねえ」

そう云って高耶を見る。
突然振られた話題に、思わずドギマギとして返していた。

「あ…、でも、残った耳だけ食べるの、大変じゃありませんか」

云ってから、あまりに所帯じみたセリフだったことに気づいて、かあっと血が上った。
一瞬目を大きくしてそれを聞いていた春枝は、やがて感心したように微笑んだ。

「まあ、若いのにしっかりしてるわねえ、高耶くん。義明はいい方と暮らしていただいてしあわせね。高耶くん、頼りない子だけど、これらも義明のこと、よろしくお願いしますね」

「なんでそうなるんです?」

額を抑えながら、直江が云う。

「あなたにはこれぐらいしっかりした方が安心なんですよ」

軽くいなして、高耶に向き直った。

「耳のことならご心配なく。クルトンにしたりハンバーグに混ぜたりいろいろと利用法はあるのよ。プディングなんかのお菓子にする手もあるけど、よかったらお教えしましょうか?」

「はいっ!ぜひ。あっ、このナスの作り方も…」

食の話題にすっかり打ち解けて話し込む二人を見て、義弘がこっそりとその弟に耳打ちする。

「しばらくパンは出てこないな。それにしても高耶くん、女の子だったら問答無用でおまえのヨメさんにさせられていたかもな…」

(今でもそうなんですけどね…)

曖昧な笑みを浮かべる直江は、真剣な表情で春枝の話を聞き入る高耶を愛しそうに見つめていた。         以下、本編に合流

 




どうしても書きたかった「ナスのキャビア」!(笑)のネタでした。
これは本当に美味しいです。暑い夏、食欲のないときにお奨めです。
挑戦してみたい方は下のレシピを参考にどうぞですm(__)m

蛇足のレシピ 【ナスのキャビア】

材料 ナス5本
タマネギ半コ分
にんにくひとかけ
塩、黒コショウ、オリーブオイル

ナスを焼きナスにします。
直火の網焼きでも、魚焼きグリルでもオーブントースターでも可。
黒焦げになっても皮を剥くから大丈夫。全体が柔らかくなるまで加熱してください。

焼きナスの皮を剥きます。熱いから火傷に注意。氷水にさっとくぐらせるとラクです。
味が逃げるので水に浸しっぱなしにはしないように。
火が通っていればヘタから下へするする剥けます。

皮を剥いたナスをみじん切りにします。滲み出る水分も捨てないように。
タマネギ、にんにくもみじん切りにしておきます。

フライパンにオリーブオイルを熱し、
ニンニク、タマネギをさっと炒め、さらにナスを汁ごと加えます。
塩コショウで味を整え、冷ましてから冷蔵庫でよく冷やしてできあがり。

分量はあくまで目安です。お好みで増減してください。
炒めずに、生のニンニクとみじん切りのナスを混ぜ合わせるレシピもあるようです。




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