Precious ―はなたば― 






陽だまりの中、草いきれに包まれて、仲良く並んでしゃがみ込んで。
ひなたぼっこするふくら雀のようだと思い浮かんでくすりと笑う。
一方の高耶はせっせと手を動かしながら、おしゃべりにも余念がない。

あのね…
それでね…
だからね……。

次から次へととめどなく、奔流のように溢れるコトバ。
今日あった出来事は今日のうちに話さずにはいられない。明日までなんてとても待てない。
子どもに流れる時間は特別だから。逸る高耶の気持ちごと受け止めて、 直江は、ただ、にこにこと相槌を打ちながら聞き役にまわる。
話題は連想ゲームのように繋がっていって、やがて学校の花壇の話になった。

「もうすぐね、僕たち自分の鉢をもらって種まきするんだよ。朝顔の種!そのために今日は花壇からみんなで土を分けてもらったの」

得意そうに言うのが微笑ましくてたまらない。

「高耶さんはお花好きなんですね。昨日の花束もとてもきれいでしたよ」

「直江も見てくれたの?」

高耶の顔がぱっと輝くのに頷いて、もう一度繰り返した。

「可愛かったです。まるで高耶さんみたいに」

自分に例えられるとは思ってもみなかったのだろう、高耶がきょとんと首を傾げてしまう。
しばらくそうして考え込んでいて、今度は逆に問い返してきた。

「……それって僕がまだまだチビってこと?」

「……小さいけれど強くて優しくて可愛くて、みんなの心を穏やかにしてくれるってことですよ。 ……高耶さんもあの花を見てそう思ったからわざわざ摘んでお土産にして下さったんでしょう?」

「……うん、まあ。おばさん喜ぶかな?って。もっときれいな花もあるけど、 学校の花壇からは摘んじゃいけないもんね…」

このあたり、高耶の道徳観は筋金入りなのだ。 その生真面目さに思わず笑みが零れそうになってその代わりに聞いてみる。

「学校にはどんな花があるの?」

「パンジーでしょ?チューリップでしょ?あとペチュニアとかデージーとか。 すっごくきれいなんだよ?」

「じゃあ、高耶さんが好きな花は?」

「チューリップ!すごく美味しそうだもん」

「!?」

……美味しそうという花に対する意外な表現への驚きが顔にでてしまったかもしれない。
答えを返せずに一瞬の間があいて、たったそれだけの間で、高耶は赤くなって俯いてしまったから。宥めるように接ぎ穂を探した。

「……美味しそうだなんて私も考えつきませんでした。高耶さんはすごいですね」

「……ヘンだって思わない?いやしんぼとか?」

ちらりと視線をあげて直江の様子を窺って、またすぐ高耶は目を伏せる。

「……誰かにそう言われたの?」

頬に赤みを残したまま高耶が頷く。
うっかり口を滑らして、友達にからかわれでもしたのだろうか。
確かに普通でない発想にはちがいないけれど。
それでも高耶が萎縮してしまうのは我慢がならなかったから、ここぞとばかりに直江は蘊蓄を披露する。

「今は何所にでも見かけるけど。チューリップはね、昔々はとても貴重な薬として日本に渡ってきたんだそうです。 きっと昔の人も高耶さんみたいに美味しそうだと思ったんでしょうね。そうして試しに食べてみたらとても身体にいいことが解かったんでしょう。 ……だから高耶さんの言うことはちっともヘンなんかじゃないですよ」

「ほんとに?」

「ほんとです」

高耶のいう「ほんと」はいったい何所に掛かるのだろう?「貴重な薬」か「ヘンじゃない」にか。
デジャヴを感じながら、直江は胸の内で開き直る。
多少脚色はしているが、でも薬と勘違いされていたことは本当だ。
それが、鬱金香という和名の由来。貴婦人が美容食に愛用していたと、確かそういう小説もあったことだし。
そして彼自身については、どんな発想をしようと自分にとってはただただ愛しいだけだから。
だから全部が「本当」のこと。自分の言葉に「嘘」はない。

「……ありがと」

その真が通じたか、高耶がにっこりと笑った。本当に花のような笑みだった。そして訥々と話し出す。

「……つやつやしてて、すべすべしてて、ふっくらしてて、赤くて、大きくて、いい匂いがして。 きっと舐めたら飴みたいにあまいんじゃないかって、僕ずっと思ってたんだ。一度そう言ったらみんなに笑われたことあったけど。 でも……思うだけならかまわないでしょ?」

「試してみたことはないの?」

こくりと高耶はまた頷く。しばらく止まっていた手を新たなヨモギの新芽に伸ばしながら。

「……だって花壇の花だもの……。 ても、今度植える朝顔の鉢ね、寒くなったら今度はチューリップの球根植えるんだって。 そしたらおうちにもって帰って自分で育てていいって。だから、その花が咲いたらこっそり舐めてみるんだ」

楽しみだね。と照れ臭そうに笑って、高耶はこれでこの話はオシマイとでも言うように、草摘みに集中しだす。

俯きがちの高耶のうなじは、春の陽射しに晒されてほんのりと色づいている気がした。




籠をいっぱいにして、別におみやげの野草も摘んで、高耶もすっかり意気揚々と元気を取り戻した帰り道、 直江はわざと林を突っ切って近道をした。
まだ下ばえもまばらな林を抜ければ、すぐに家の裏手に出る。
往きとはうらはらの思いがけない近道に目を丸くしている高耶を伴ってたどり着いたのは、勝手口のそば、 個人的な裏庭で、そこにはもちろんチューリップもあったのだった。
プランターにとりどりに植えられている中、ひときわ赤くて大きなのを選ぶと、躊躇いもせずにそれを手折った。そして、 声も出せずにいる高耶に恭しく差し出す。

「はい。どうぞ。私から高耶さんへ、昨日の花の御礼です」

「……いいの?もらっても」

「もちろん。……どんな味がするか教えてください」

赤いつやつやしたオーソドックスなチューリップの花を、高耶はおずおずと両手に囲った。
丸みを帯びたカップ状のその花は高耶の小さな手に余るほどに大きい。

「あったかい……。そんで、しっとりしてる。けっこう重たいんだね」

両手が花ごと静かに持ち上がり口元を覆ってとまる。
花びらにキスしているのか、それとも舐めているのだろうか?
困ったような上目遣いのその表情が可愛らしくて、直江は思わず問い掛けた。

「どうですか?おいしい?」

「……あまくない。んで、なんかほこりっぽい味がする」

夢破れて、がっかりしたような高耶の声。

「はなびらは?食べてみる?おひたしに出来るそうですよ?」

とんでもないと、ぶるぶると身震いするみたいに高耶は首を振った。

「あまくないから、もういいや。このチューリップうちにもって帰って飾っておくね」

「はい。そうしてください。でもその前にうちによってこれを置いていかないと。チューリップは残念だったけど、きっと別な美味しいおやつが待ってますよ」

足元に置いた籠を拾い上げて、直江はそのまま勝手口へと向う。
その言葉通り、開け放ったドアからは、香ばしいホットケーキを焼くにおいが漂ってきた。




数日後。
これなら甘いチューリップですよといって、探し出して買い求めた砂糖菓子の花束を高耶に贈った。
細いストローの茎の上、飴を包む色とりどりの紙やセロファンがまるでチューリップの花びらのよう。 可愛らしく飾られたその砂糖菓子を、高耶は嬉しそうに受け取ってくれた。
味見のように、まず高耶が一本剥いて自分の口に入れる。
含んだとたんに、ふわりと崩れて口いっぱいに広がる甘味と香り。
想像通りの夢の味に、美味しい。と目を細めてから、 直江も食べる?と訊いてくる。
遠慮なく相伴に与ることにして、差し出された一本にそのまま口を近づけてぱくりと食べた。

まるで餌付けされてる雀の仔だわね。と、そばで様子を見ていた春枝がころころと笑う。
それとも、お供にキビ団子をあげる桃太郎さんかしら?と。

高耶桃太郎さん、ひとつおばさんにもくださいな。
はい。どうぞ。
まあ、ありがとう。


そんなやりとりをする橘家の茶の間には、今日も高耶の摘んできた小さな花束が飾られていた。











桜木かよさま宅のエイタに投稿されていたイラスト(ギャラリーにも収められていらっしゃいます)が忘れられずに、
とうとう書いてしまった小さい高耶さんとチューリップのお話。
「草摘み」と続いています。というか、「草摘み」が「はなたば」のイントロだったんです…(^_^;)

うろ覚えの私の記憶につきあって検索までしてくださった某さん、どうもありがとうございました。
直江の蘊蓄は貴女さまのおかげです(笑)

それにしても、イマドキ、教材用の土は滅菌済みの培養土使うよねえ…などとひとりつっこんでおりました。
朝顔もチューリップもおねえまではホントの話。
来年のチビのときももらえるのかな?マイ・チューリップ(笑)




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