「そういえば前にもこんなことがありましたね……」 眠たげな高耶の頭を抱え込んでその髪を梳きながら、ふと、思い出したように直江が言った。
……? すでにうとうとと夢路をたどり始めていた高耶は、その言葉を反芻してぼんやりと考える。
出逢ったのは十年前。はれて恋人になったのはつい最近。だから肌を重ねる経験もまだ片手で間に合うほどで、そのたびに昂ぶる感覚に翻弄され、わけがわからぬままコトは終っていて。 もの慣れずに情けない反応しか返していないであろう自分の、一体どこがいいというのか。
そう、高耶は内心で突っ込むが、それでも男の本気は疑いようもない。
直江が好きで好きでたまらなくて。
と、そこまで思考が回って突然高耶ははっと目を見開いた。 「どうしました。なぜ、逃げるの?」 「お、お、おまえ、ずるい!」 真っ赤になって高耶が詰る。 「おや、ずるいですか?」 「そうだ。すごく、ずるい。今頃になってそんな昔の話を持ち出すなんて反則だ」 「反則ですか。……それは困りました」
ちっとも困ってない声で云いながら、高耶の顔を覗きこみ、そのおでこに思わせぶりな軽いキスをひとつ。
男は何ひとつ忘れていないのだ。 恥かしさのあまり涙目で睨む高耶に、直江は今度こそ困ったように笑って見せた。 「私はいつだって嬉しかったですよ」 「………」 「きっかけはいつもあなたがくれた。天使みたいにまっすぐな心で」 「……………?」 「煮詰まって身動きの取れない私を、いつもあなたが導いてくれたんです。ずっと昔から。それこそ出逢ったあの頃から。ただ優しく護られたと思っていた?とんでもない。護られて育まれていたのは私のほうなんです。他ならぬあなたに」 「……なおえ?」 どんどん真剣になる男の声音におずおずと呼びかけた。 「ずっとずっと私を離さないでください。お願いだから」
祈るような真摯さで請われて、高耶はとまどった表情になる。 「まったくいいトシをして何を言うのかと思うでしょう?でも、本心なんです。傍にいられるだけで僥倖だと思っていた。あんな子どもの頃のままごとみたいな約束、あなたはとっくに忘れていると思っていましたから。でも、あなたは私のものになってくれて、こうしてあなたを抱きしめていられる。……今でもまだ夢のようです。大きくなってもまだあなたが私を必要としてくれて、こうして寄り添ってあなたに触れていられるなんて」 そう言いながら、直江はまた高耶を引き寄せ、愛しむように背筋を撫でる。子供の頃そのままに。 ああ、そうか……。直江もきっと自分と同じなのだ。
慣れ親しんだ優しい仕種に高耶はうっとりと目を閉じる。 ごめんな。ずいぶん待たせた。でも、そんなに我慢しなくてもよかったのに。ずっとおまえのものだったのに。 ……でも、それがおまえなんだよなと、高耶はそろそろと顔をあげて直江と視線を見合わせた。そして、そっと首を伸ばして頬に触れる。 「高耶さん?!」
あの時をなぞるように同じキス。うろたえたように直江が目を瞠るから、高耶はすっかり楽しくなってしまって、もう一度同じことを今度は唇に繰り返した。内緒話を打ち明けるみたいに声をひそめる。 「はい?」 「あのときのキス、本当は唇にするつもりだったんだ」 「!!!」 本当に吃驚したように直江が息を飲む。 「……おまえが急に動くから狙いがずれちまった」 「……高耶さん」 呆然と名を囁くのに高耶が悪戯っぽく瞳を煌めかせた。 「だってコイビトになる誓いのキスだったんだから……。子どもは子どもなりに真剣だったんだぜ?」 「……そう言いながら、あなたはあのあと、すぐにおやつのフレンチトーストに夢中になったじゃないですか」 「あれえ?そうだっけ?」 「そうですよ」 とぼける高耶に恨めしそうに直江が返して、そして二人顔を見あわせ、くすくすと笑いあう。 「………続きをしてもいい?」 背中に回されていたはずの手はいつのまにか高耶の手指を絡め取っていて、ゆっくりと上にあげられシーツに縫いとめ、男がのしかかってくる。 そうして再び誓いの口づけが落ちてくるのを、高耶は瞳を閉じながら待ったのだった。
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