Precious ―ひ・み・つ― 



「そういえば前にもこんなことがありましたね……」

眠たげな高耶の頭を抱え込んでその髪を梳きながら、ふと、思い出したように直江が言った。

  ……?
  前にも?
  こんなこと?
  でも、まだ、オレたちそんなシちゃいないと思うけどな…

すでにうとうとと夢路をたどり始めていた高耶は、その言葉を反芻してぼんやりと考える。

出逢ったのは十年前。はれて恋人になったのはつい最近。だから肌を重ねる経験もまだ片手で間に合うほどで、そのたびに昂ぶる感覚に翻弄され、わけがわからぬままコトは終っていて。
気がつけばくたくたになった身体を抱き寄せられ、ヨかった。ありがとう。愛してます。と睦言のように囁かれているけれど。

  もの慣れずに情けない反応しか返していないであろう自分の、一体どこがいいというのか。

そう、高耶は内心で突っ込むが、それでも男の本気は疑いようもない。
きつい思いをさせたことを詫びるみたいに抱きしめられ、息が整うまで背中を撫でたり髪を梳いてくれるその指先が天国みたいに心地よくて、いつのまにか寝入ってしまうのが常だった。

直江が好きで好きでたまらなくて。
だからこそ、一歩進んで抱き合う関係になりたいと望んだのは自分の方だ。
でも本当は、行為のあとのこのスキンシップこそを自分は一番欲しているのかもしれないと高耶は思う。
苦しいみたいに眉をひそめ情欲に掠れた声で自分の名を呼びながら内部へと分け入ってくる彼ももちろん大好きだけど。
こうして自分を甘やかしてくれるその優しさが、自分の知ってる直江の本質のような気がするから……。

と、そこまで思考が回って突然高耶ははっと目を見開いた。
男の言う『前にもあったこんなこと』に、ようやく合点がいったのだ。
慌てて身体を引き剥がした―――つもりだったが、気だるい身体は思うようには動いてくれず、四分の三回転してうつ伏せになっただけで止まってしまう。それでも枕を抱えたまま、まるで猫の仔のようにじりじりと逃れようとする高耶を、直江は肩を覆うように腕を伸ばしてあっさりと囲ってしまった。そうしておいて、不思議そうな声で問う。

「どうしました。なぜ、逃げるの?」

「お、お、おまえ、ずるい!」

真っ赤になって高耶が詰る。

「おや、ずるいですか?」

「そうだ。すごく、ずるい。今頃になってそんな昔の話を持ち出すなんて反則だ」

「反則ですか。……それは困りました」

ちっとも困ってない声で云いながら、高耶の顔を覗きこみ、そのおでこに思わせぶりな軽いキスをひとつ。
おかげで高耶はますますゆでだこのようになる。

男は何ひとつ忘れていないのだ。
その昔、小さかった自分が強請るようにして彼の布団に潜り込んでいったことも、意味も解らぬまま愛の告白をしたことも。
無邪気に好きだと言っていたちびの頃のあれやこれやを、こんなオトナの関係になってから不意打ちのように持ち出すなんて、絶対ずるい。

恥かしさのあまり涙目で睨む高耶に、直江は今度こそ困ったように笑って見せた。

「私はいつだって嬉しかったですよ」

「………」

「きっかけはいつもあなたがくれた。天使みたいにまっすぐな心で」

「……………?」

「煮詰まって身動きの取れない私を、いつもあなたが導いてくれたんです。ずっと昔から。それこそ出逢ったあの頃から。ただ優しく護られたと思っていた?とんでもない。護られて育まれていたのは私のほうなんです。他ならぬあなたに」

「……なおえ?」

どんどん真剣になる男の声音におずおずと呼びかけた。

「ずっとずっと私を離さないでください。お願いだから」

祈るような真摯さで請われて、高耶はとまどった表情になる。
離さないもなにも、そうお願いしたいのはこちらの方だ。何ひとつ不自由などしていなさそうな大人のオトコが半人前の自分に向かって何を言い出すのか。
困ったように見上げる高耶の視線に、直江も自嘲めいた微笑を洩らす。

「まったくいいトシをして何を言うのかと思うでしょう?でも、本心なんです。傍にいられるだけで僥倖だと思っていた。あんな子どもの頃のままごとみたいな約束、あなたはとっくに忘れていると思っていましたから。でも、あなたは私のものになってくれて、こうしてあなたを抱きしめていられる。……今でもまだ夢のようです。大きくなってもまだあなたが私を必要としてくれて、こうして寄り添ってあなたに触れていられるなんて」

そう言いながら、直江はまた高耶を引き寄せ、愛しむように背筋を撫でる。子供の頃そのままに。

  ああ、そうか……。直江もきっと自分と同じなのだ。

慣れ親しんだ優しい仕種に高耶はうっとりと目を閉じる。
昔も今も、こうして過ごせることが、ただ嬉しい。
たぶんあの当時から自分と彼は運命的に互いに互いの伴侶だと見初めあっていて。
でも直江はまだ小さかった高耶のことをずっと待っていてくれたのだ。高耶の身体と心が歳相応に育っていくのを。

  ごめんな。ずいぶん待たせた。でも、そんなに我慢しなくてもよかったのに。ずっとおまえのものだったのに。

……でも、それがおまえなんだよなと、高耶はそろそろと顔をあげて直江と視線を見合わせた。そして、そっと首を伸ばして頬に触れる。

「高耶さん?!」

あの時をなぞるように同じキス。うろたえたように直江が目を瞠るから、高耶はすっかり楽しくなってしまって、もう一度同じことを今度は唇に繰り返した。内緒話を打ち明けるみたいに声をひそめる。
「あのな、ずっとヒミツにしてたんだけど……」

「はい?」

「あのときのキス、本当は唇にするつもりだったんだ」

「!!!」

本当に吃驚したように直江が息を飲む。

「……おまえが急に動くから狙いがずれちまった」

「……高耶さん」

呆然と名を囁くのに高耶が悪戯っぽく瞳を煌めかせた。

「だってコイビトになる誓いのキスだったんだから……。子どもは子どもなりに真剣だったんだぜ?」

「……そう言いながら、あなたはあのあと、すぐにおやつのフレンチトーストに夢中になったじゃないですか」

「あれえ?そうだっけ?」

「そうですよ」

とぼける高耶に恨めしそうに直江が返して、そして二人顔を見あわせ、くすくすと笑いあう。

「………続きをしてもいい?」

背中に回されていたはずの手はいつのまにか高耶の手指を絡め取っていて、ゆっくりと上にあげられシーツに縫いとめ、男がのしかかってくる。

そうして再び誓いの口づけが落ちてくるのを、高耶は瞳を閉じながら待ったのだった。





パロ部屋で展開した小さい高耶さんとお隣りの高校生直江さんのお話、その十年後です(笑)
いきなりピロートークから始まってそれだけに終始していますが、
bbsにちらりと書いたのを月花草さんがイラストに仕立ててくださって。
それを見たら、もうどーにもこーにも妄想が止まらなくなりました。(^_^;)
一目見たらもう一目瞭然ですね(笑)送られたファイルを開けたとたんに私の陥った狂喜乱舞ぶりをどうかお察しくださいませ。
まだ肝心の十年間は空白ですが(苦笑)おまけとして楽しんでくださったら幸いです。
そして、月さま。本当にどうもありがとうございました<(_ _)>




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