有り合わせだけど、よかったら、ご飯を一緒に。 そう言って手早く高耶が用意してくれたのはひやむぎの鉢だった。 氷とともに盛り付けられた細い麺が流れるよう。そこに交じる数条の、色付きの麺がまた美しくも懐かしい。 「……ゴメンな。わざわざ引き止めたのに、こんなもんで」 黙り込んだ直江に何を思ったか、申し訳なさそうに高耶が言うから慌てて首を振った。 「とんでもない。ひやむぎですね。久しぶりです。子どもの頃はこの赤や緑をすくうのが楽しみでした」 「あ、やっぱり?直江さんも?オレも美弥と奪い合いだった。なんでかな〜〜。別に味は変わらないのに」 嬉しそうに高耶が言って、さ、食べようと促された。 鉢を挟んで差し向かい、いただきますと手を合わせる。 「……直箸だけど……、直江さん、気になる?嫌なら取り分け用のトング持って来るけど」 腰を浮かせて訊いてくるから、お構いなくと声を掛けた。 「よかった〜〜」 再びすとんと腰を下ろして高耶が安堵の声をあげる。 「このごろバーナムと暮してるからさ、なんか普通の人と衛生観念ずれちゃってるみたいで。藤澤さんはもちろん同類だからいいんだけど。 直江さんに呆れられたらどうしようかと思った」 笑いながら箸を伸ばす。器用に一箸分をすくい上げ、次から次へと啜りこむそのさまは、無心に食べることを楽しんでいるようで。 つられるように直江も箸を動かす。氷水で冷たくしめられたひやむぎは、思った以上にコシがあって後を引く美味しさだった。 生姜、シソ、ゴマ、小ネギに刻み海苔。添えられた薬味を一通り試す頃には、ガラス鉢のひやむぎも残り少なくなっていて。 「高耶さん、赤いの、まだ残っていますよ。どうぞ」 気を遣ってか手を伸ばしかねていたらしい彼に勧める。 いいの? そんな表情で窺う彼に、笑って頷いた。 「んじゃ、遠慮なく全部いただきます」 そう言ってもう一度手を合わせた彼は、鉢に残った最後のひやむぎを自分の猪口に移す。 そして一気に啜って満足げな息を吐いた。 「おいしいひやむぎでしたね。ご馳走さまでした」 食卓に添えられていた副菜の小鉢も空にして、直江はあらためて礼を言った。 「いえいえこちらこそ、お粗末さまでした。っていうか、一緒に食べてくれてどうもありがと」 と、面映ゆそうに首を振る。 そうしてしばらく口元をむずむずさせていた高耶は、やがて堪えかねたように内緒のはずの種明かしまでしてくれた。 「これさ、藤澤さんに届いたお中元のセットで。しかも去年の分で。好きに食べてくれって言われてて。 で、素麺はすぐになくなったんだけど、なんかひやむぎだけ中途半端に残っちゃってたんだ。 直江さんが一緒に食べてくれてほんと助かった。ありがとうございました」 拝む仕種までしてくるから、今度は直江がこそばゆい思いをする番だった。 そして思う。 しあわせな記憶に繋がるものを、きっと高耶は独りっきりで食べたくはなかったのだ。 一束に一本ずつしか入ってない赤や緑の彩りは、誰かと取り合ってこその『特別』だから。 たとえ深い意味はなくとも、一緒に食べる相手に自分を選んでくれたことが、直江にはひどく嬉しかった。 気がついたら、催促めいた問いかけが口を衝いていた。 「……まだ残っていますか?お中元のひやむぎ?」 唐突な問いに高耶はきょとんとして、それからおずおずと頷く。 「うん……。あと三回分ぐらい。でも、これは一昨年の分も混ざってて、賞味期限も切れていて。 乾麺だから傷んではいないけど、さすがにお客に出す訳にはいかないな〜〜なんて……」 「こんなにおいしく調理してくれたんだから。気になんてしませんよ。 高耶さんさえよければ、ぜひ、またひやむぎのお相伴させてください。お願いします」 そうして一夏の間、直江にとってはしあわせなお相伴が続いたのだった。 |