Precious 幸福しあわせ配達人― 





橘家の家長でもある光厳寺の住職は、その温厚篤実な人柄ゆえに周囲の人望も厚いが、それでいてなかなかに筋の通った頑固一徹の人でもある。
異教の神の子の生誕を祝う一連の大騒ぎはその信者に任せておけばよろしい。仏門に帰依する我等の関するところではないと宣って、 師走に入ったとたん無節操に盛り上がる世間の風潮も、子どもらの懇願や妻のとりなしもなんのその、 宗教人としての自らの信念を貫き通しクリスマスに係わることは一切しない年の瀬であったから、 この日、興奮した高耶に出迎えられ引っ張られるようにして連れて行かれた座敷に鎮座するモノに、直江は我が目を疑った。
畳に長々と横たわっているのは濃緑の樅の木。傍らには重厚なその土台。そして、きらきらしい華やかな色合いの紙箱が三つ。
どう見ても飾り付ける前のクリスマスツリーとそのオーナメントだ。
はしゃいだ声で高耶が言う。
「おじさんがね、ツリー、買ってくれたの」
「お父さんが!?」
鸚鵡返しに直江が繰り返す。
いくら愛しい高耶の言葉でも、俄かには信じかねるように語尾があがってしまったのは、この際仕方がないだろう。
数年に渡るあの姉兄ヽヽヽヽの共同戦線をも頑として撥ねつけた(もちろん直江自身に記憶はないがその攻防は今でも一家の語り草になっている)あの、お父さんが?ツリーを買った??
「うん。僕が飾っていいんだって!ね、直江も一緒にやろ?」
直江の疑念にも気づかぬふうでわくわくした目で見上げてくる高耶に引き攣った笑みを返しながら、直江は助けを求めるように茶の間の母を振り返った。その春枝の顔にも、なんともいえない複雑な微笑が浮んでいる。
「……信じられないでしょうけど、本当よ。お昼過ぎに届いたの。注文主は確かにこちらの住職さまなんですって。このあいだの高耶ちゃんの一言がよっぽど効いたみたいねえ」
「……………なるほど」
しばらくの沈黙の後、さもありなんと頷いた直江だった。




「ねえねえ、このおうちではいつツリー飾るの?」
そんな無邪気な問い掛けを高耶がしたのはほんの数日前のこと。
瞬間、皆が揃っていた茶の間は静まり返って、やがて春枝がすまなさそうに口を開いた。
「ごめんなさいね。うちではツリー飾らないのよ」
「えええっ!飾らないの?あんなに広い本堂があるのに?」
嘘でしょ?と言わんばかりに高耶が目を瞠る。
ミッション系の施設で育った彼にとっては、この季節、広いホールにツリーがあるのは当たり前の光景だったのだろう。 その可愛らしい『常識』を覆してしまうのはなんとも申し訳ないけれど、まさか調子をあわせるわけにもいかないから、春枝はこちらの『常識』を口にする。
「うちはお寺だから。クリスマスのお祝いはしないの」
「じゃあ、サンタさんもこない……の?」
みるみるしょげかえった高耶のか細い呟きに、その場の大人が凍りついた。
「……煙突なくても、サンタさんはピカピカ光るツリーの星を目印にして来るんだって先生言ってた…。今年は、僕、プレゼントもらえないのかなあ……」
「そんなことないですよ!」
「そんなことありませんとも!」
期せずして直江と春枝の声が重なった。
「高耶さんのところにサンタさんが来ないわけ、ないじゃありませんか!」
隣にいた直江が高耶の 肩をがっしと掴んで断言すれば、
「そうですよ。高耶ちゃんはこんなにいい子なんですもの。サンタさんは絶対来るわ!」
炬燵越し、身を乗り出した春枝が拳固めて相槌を打つ。
「……そう…かな?」
「そうですとも!」
そう言いきるふたりの迫力に気圧されたように高耶はこくんと唾を飲み、それからおずおずと微笑んだ。
それを見てようやく直江は表情を和らげてそそくさと話題を変え、春枝は春枝でお茶菓子の追加を用意する。この気まずい空気を払拭し、本当の笑顔を高耶に浮かべてもらうために。
そして騒ぎの間すっかり蚊帳の外に置かれた住職は、ひとり黙然と湯飲みに注がれていたお茶を飲干しひっそりと席を立ったのだった。



もちろん、住職だっていつまでも目くじらを立てていたいわけではなかったのだ。
若い頃こそ厳格な父親を演じてみたものの、年の離れた末子が物心つく頃には解禁してやろうと心積もりをしていたのに、 生憎その末っ子は上の子たちのように強請る性質でもなくて。
肩透かしを食ったまま、この年までずっと振り上げた拳を下ろしそこねていた。
そして今、孫のようにも思う高耶にあんな哀しそうな顔をされたのでは。
この場合は宗旨換えもやむなしと、 心中理屈を組み上げながら、自然と頬が緩むのをとめられない。
家族の手前態度にこそださないが、住職自身だって高耶のことは大のお気に入り、彼の喜ぶことなら何だってしてやりたいのだ。
その日、商店街の玩具店と生花店は、思いがけない注文を光厳寺の住職から受けたのだった。




住職の変節はほどなく冴子たちにも知られることとなり、 イブの晩にはあてつけがましく忘年会と称した盛大な宴会が催された。もちろん主賓は仰木親子、仕切ったのは冴子と照弘である。
鍋やら寿司やらチキンやら和洋折衷の料理に盛りだくさんのケーキ、ドリンク。そして続き座敷を急ごしらえの舞台にした余興の数々。
和室にはいささか不似合いなピカピカ光るツリーを背景にして、今は赤いサンタの服を着た高耶が、角のカチューシャと付け鼻をした直江を助手に猛練習した手品を披露している。
ひとつ決まるたびに盛大な拍手を送りながら、
「まさか、こんな日がくるなんてねえ……」
しみじみと冴子が言った。
「いやまったく」
感慨深げに照弘も頷く。
「本当に高耶くんはすばらしいお子さんですな。私らに三十年分のクリスマスを届けてくれた」
そうかき口説きながら、事情が解らず怪訝そうな仰木とそ知らぬふりの父親に酌をしている。すでにかなり酔いが回っているのである。
「ちっちゃいけれど最高のサンタさんよね。この頑固父さんの心も蕩かしちゃうんですもの」
「お供のトナカイが少々頼りないがな」
姉の軽口にのった照弘が、自ら飛ばした冗談にがははと笑って。
和気藹々、手品の出し物の後は大人たちのカラオケ大会と相成って、賑々しく聖夜は更けていった。



そして一夜が明けたクリスマスの朝。
ツリーの傍には山のように高耶宛のプレゼントが積まれていたのも、また必然の結果であった。










ふだん影の薄い橘父(笑)
でもあの春枝さんの夫であの兄弟の父なんだからタダモノではないと思うの
でもどんなツワモノでも高耶さんにはめろめろだという、そんなお話(^_^;)
最強サンタは高耶さんだと思います
三年前のこすげさんちのクリスマス絵がモトネタになってます
今さらですが。メリークリスマス♪








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