「ねえ高耶さん、この夏は浴衣を新調しませんか?」 七月早々の或る日のこと、唐突に直江がこんなことを言い出した。 「え?浴衣?要らねーよ。そんなもん。第一すっげー暑そうだし、めんどくさいし」 またか、と、うんざりした調子で高耶が返す。 が、予想通りのすげない言葉に苦笑して、直江はさらに殺し文句を口にした。 「でも、母が…」 「おばさんが?」 「いつまでも私のお古を着せるんじゃ申し訳ないから、今年こそは新しいのを仕立てたいと張り切っているんですが…」 とたんに高耶はう〜んと考え込む顔になる。 このひとが母に弱いのは昔からのこと。決して気分のいいものではないけれど、それも時と場合によりけりだ。 ここ数年、彼の浴衣姿なぞ拝んでいないのだから、誘う言葉にも自然と熱がこもる。 「どうか母の顔を立てると思って。我慢して付き合ってくれませんか?」 口をへの字にまげたまま腕組みしていた高耶は、やがて不承不承に頷いた。 「わかった。あとで電話しておく」 「連絡なら私が」 「いい。おまえに任せるとお揃いとかにされそうだもん。ガキの頃じゃあるまいし、ダレがそんなはずかしーカッコするかっての」 「恥かしいですか……」 しょぼくれたこちらの声に、高耶は瞬間怯んだような表情をしたけれど、 「恥かしいもんは恥かしいの!!」 そうきっぱりと言い切って 真っ赤になった顔を背けるようにして、ばたばたと逃げ出してしまった。 そんなやり取りがあった数週間後、ふたり揃って帰省した橘の家には、ちゃんとそれぞれに夏用の真新しい単が用意されていて。 でも。 「ずるいですよ。高耶さん」 湯上がり後の夕涼み、 縁側で大きく脚を組み、にこにこしながらスイカにかぶりつく高耶の姿を、恨めしそうに直江がみつめる。 「なんで?おまえもこっちがよかったか?着やすいぞ。これ。さらりとしてるし、風は通るし、脚の自由はきくし、もうサイコー♪」 確かに春枝の仕立てた藍染めの甚平は、元気一杯の高耶にとてもよく似合っているのだけれど。 でもそういう問題ではなくて。 (アシが丸見えじゃないですか!あなたのナマアシを見ていいのは私だけなんですからねっ!) 半ズボンの裾から覗く眩いまでのその脛を、たとえ親兄弟の目にでも曝したくない。 十年越しの恋をようやく実らせたばかりの男の度量は、涼しげな見かけと裏腹、何処までも偏狭で我儘なのだった。 ついでに。 (コイビトの気も知らない不実なあなたには少しばかりオシオキが必要ですね。おぼえてらっしゃい) などと、爛れたことを考えたりもしていたのだが。 それが実現したのかどうかはまた別の話である。 |