その花を抱く彼を目にしたとき、言いようのない焦燥に駆られた。 赤、白、ピンク。黄色い蕊を持つ一重の花弁が彩り良く束ねられてさわさわ花首を揺らしている 清楚で可憐でそれでいて華やぎを纏うこの花の、なんと彼に似つかわしいことか。 感嘆の想いとともに、理不尽な怒りがこみ上げてきた。 何故、今までそれに気づかなかったのか。 何故、その花たちを彼に贈ったのが自分でないのか。 自分からの贈り物ではない花を胸に抱いて、何故、彼はあんなにも優しげに微笑むのだろうか、と。 と、彼が視線を上げた。 「おかえりっ。直江」 佇む自分に気づいて浮かぶのは、開けっぴろげの満面の笑み。 彼にとっての一番は自分なのだと確かな証を見た気がして、直江は少し溜飲を下げる。 渦巻いた嫉妬の念はひとまず置いて、笑顔を作った。 「ただいま戻りました」 「うん。お仕事、お疲れさまでした」 もちろん此処は洋間だから三つ指付いて迎えられるわけではないのだけれど。 心からの労いのこもった言葉と背筋の伸びた挨拶を返されて、また少し気分が浮上した。 「その花は?どなたからの贈り物ですか?」 そうさりげなく訊けるくらいに。 「うん、それがね」 初めて高耶は戸惑うような素振りを見せる。 「勝手口のくぐり戸においてあったんだって。さっき、買い物から戻った婆やさんが見つけて届けてくれた。 ……その、たぶん、オレ宛じゃないかって」 「へえ?」 さりげない合いの手に促されて、彼は躊躇いながらも更に続ける。 「……路地を曲がるときにちらっと見えたのが、袴姿の女学生だったからって……」 「なるほど」 自分の留守中、彼が素人芝居の助っ人に駆り出されたのは高耶本人からだけでなく十六夜からも聞き及んでいる。 彼が望んだわけでなく已むを得ない仕儀だったのだから決して責めてくれるなということだったが。 おそらくは、そこで誰かに懸想でもされたのだろうか。 彼の魅力なら当然と思う反面、しんと心が冷えるのはどうしようもなかった。 そんな心の機微を高耶は敏感に察したのだろう。気まずそうに俯いてしまう。 「………ごめん」 「なぜ謝るんです?高耶さんは何も悪くないでしょう?」 「でも直江に嫌な思いさせた。……そんな貌してた」 完璧に表情は取り繕っていたつもりだったから、こうも図星を指されては苦笑するしかなかった。 「……直江が嫌なら、この花は婆やさんちに引き取ってもらうから」 思いつめた顔で高耶が言う。 さっきまではあんなに嬉しそうに抱いていた花束を、自分に気兼ねして手放すとまでいうのだ。本当にこの人には敵わない。 俯いてしまった頬をそっと両手に包んで目線を合わせた。 「……花にも罪はないでしょう?」 今度の微笑は心からのもの。だから、きっと彼にも伝わるはず。 「確かに私は狭量で偏屈で、一方的にあなたを慕う見知らぬ女学生にまで嫉妬するような酷い焼きもち焼きだけど、あなたの心根を疑うほど愚かではないつもりですよ? あなたはいつも一番に私の気持ちを気遣ってくれる。だったら私にも同じようにあなたのことを考えさせてください。 ……この花のこと、気に入っているんでしょう?それなら遠慮なんかしないで高耶さんが好きなだけ眺められる場所に飾ればいい」 「………いいの?」 「もちろん」 おずおずと見上げる瞳がふわりと綻ぶその瞬間は、確かに自分だけのもの。 少々の他人の関与など忘れてしまおう。 「……ありがと、直江。大好き」 はにかみながらこんな可愛らしいことを言ってくれる、彼の笑顔に免じて。 数日して、花は萎れた。 けれど今度は直江が名も知らなかったこの花と同じものを探し出してきて、前よりずっと大きな花束を高耶に贈った。 そうして次の秋には、異国渡りのこの花が庭いっぱいに揺れる風景を、ふたり眺めることになる。 |