Precious ―びっくりプレゼント― 


料理に対して高耶が抱くチャレンジャーな行為のあれこれは、ほどなく、春枝の知るところとなった。
可愛がっている高耶にかかわることだし、それに元来、食に関しては彼女の得意分野でもある。
いつかは乗り込んでくるに違いないと踏んでいた直江の予想は、或る日、 ダイニングのテーブルに忽然と現れていた荷物の山で、半分だけ裏付けられた。

自分の不在中、長兄をはじめとする家族たちが合鍵を使って部屋に出入りするのはさほど珍しいことではない。 家賃をださずに住まわせて貰っている学生に、それを拒否する権限はないのである。
それでも、引越し直後かと思うような量の家財道具を前ぶれなしに運び込まれたのは初めてだ。
圧力鍋にパン焼き機、ヨーグルトメーカーにフライヤー、ドーナツメーカー、タコ焼き器に至るまで、その調理器具、家電のどれもがまだ緩衝材に覆われ、箱に入ったままの新品で、かさばることこのうえない。
内心ため息をつきながら、家に電話をした。

「あら、今帰ったの?遅かったのね、お疲れさま」
夜更けにも係わらず、コール数回で出た春枝の声はいつにも増して晴れやかだ。
「今日、照弘に届け物をしてもらったはずなんだけど、解かった?ちゃんと届いている?」
解からいでか。と直江は思う。
なにしろその『届け物』はこれ見よがしにテーブルの上、ご丁寧にもピラミッド状に積み上げられているのだ。 視界に入らないわけがない。いささかの嫌味を込めて直江は応える。
「ええ、部屋に帰ったとたんに、一目で解かりました。でもお母さん、この荷物って……」
「……少し納戸の片づけをしたのよ。圧力鍋なんか四つもあったの。よかったらあなたのところで使ってちょうだい。じゃあね」
そう言って、実にあっさりと母は電話を切ってしまったけれど。
「あの『開かずの納戸』ですか……」
再びため息をついてがっくりと肩を落とした直江だった。


元々、橘の家はかなり付き合いの多い家である。
そのうえ、適齢期もかなりの正念場を迎えた娘と息子が三人もいる。
次々と結婚する友人たちの引き出物に、出産の内祝い。
勤務先でのコンペの賞品、ビンゴの景品。
オーソドックスな食器のセットやタオル類、或いは受けを狙った面白雑貨、一過性の流行で終わってしまった電気器具など等、 それぞれに独立している姉兄は、当座に必要ないものや自分の趣味に合わない品をさっさと実家送りにしてしまって、いわば橘家の納戸は四世帯分の物置部屋なのである。
驚くべきことに、その雑多なものの数々を、母はきちんと把握しているらしい。
片付けは口実で、いかにも高耶が面白がって挑戦しそうなアイテムばかりを選び出したのが容易に察せられる品揃えだ。

高耶にしてみたら、この道具類はきっと新しい玩具を箱ごともらったようなものだろう。しばらくは夢中になるに違いない。なんの気兼ねも遠慮も要らない直江の部屋のキッチンを遊び場にして。 そしてその傍らには、いつも自分が控えていられるのだ。

「……こういうテできましたか、お母さん……」
己の母の策士ぶりに呆然としながらも、やがて、沸々と笑いが込み上げてくる。

はたして高耶は大喜びで。

贈った春枝は大いに面目を施し、そして直江の食卓も、ますます充実したものとなっていったのだった。










Precious-おとなり-の番外小話。
実はまだまだ小ネタがあります(笑)
春枝さんって、すごいなあ……(しみじみ)




BACK