Precious ―苦労のタネ― 


次の『宅配』は、兄からくどいくらいに在宅の確認をされた。しかも到着と同時に連絡が入るという念の入れようである。 慌てて駐車場へと降りてみれば、愛車にもたれた照弘が片手を揚げて合図する。
そのあがった手はそのまま内部をあらためてみろとばかり、くいくいっと開け放ったトランクを指し示した。
促されるまま覗き込んで、一瞬直江は絶句する。
そこにはたっぷりと土を盛り込まれたプランターがふたつ、でんと鎮座している。
呆気に取られて兄の顔を窺った。
その疑問を受け流すように、照弘はひょいと肩をすくめて見せた。
「見てのとおり、今日の荷物はこのプランターだ。これだけじゃないぞ?リアシートにもあとふたつばかり乗せてある。 この歳になって人足仕事は少々こたえるんでな。まあ、頑張って運んでくれや」
「いったいなんだってまた……」
「あの子のために決まってるだろ?パセリにバジルにチャイブ、チャービル。ナスタチウム。とにかく色々苗を植え込んであるから。 後は、おまえたちがいいように育てて利用してやってくれということらしい」
言われてもう一度トランクに視線を戻す。
よくよく目を凝らせば黒々とした土の表面に頼りないほどの緑の芽吹き。ようやく定植を済ませたばかりの小さなハーブの苗が見て取れた。
「それにしても四つもですか?」
存外に水分を含んだ土は重いのだ。このプランターのサイズではなんとかひとつ両手で持ち抱えるのがやっとなのではないだろうか。
部屋までよたよたとよろめきながら何度も往復する自分の姿を思い描いて、直江は深くため息をつく。
そんな弟の両肩をがっしりと掴んで、首を振りながら照弘は真顔で言った。
「いいか。義明。本当はな、母さんも寄せ植えにしてひとつにまとめたかったらしいんだ。何しろ見映えがいいからな。だけど、それだと使うプランターは野菜用の特大のやつになる。 ……ちょっと考えてみろ。仮に植える面積が倍になったとして、いったいどれだけの土がその中に入ると思う?」
血の気の引く思いがした。そんな弟に照弘はにやりと笑う。
「な?だからそれだけは頼み込んで止めさせたんだ。思慮深い兄貴を持ったことを感謝しろよ」
なだめるようにぽんぽんと肩を叩いて、後部ドアに手をかけた。
「さ、エレベーターまでは俺も手伝ってやるから。さっさと運ぶとしようか」

『開』ボタンを押しっぱなしにして、なんとか荷物をエレベーター内に積み込み、周囲に気兼ねしながらまた降ろし、 大汗をかいて部屋まで運んで(ちなみに兄は仕事用のスーツだからと一切手出しをしなかった)ようやくベランダに据えつけて―――でも蒔いた種はいつか大きく花開くものだ。
そんな苦労が吹き飛ぶような高耶の笑顔が、今、そこにあるのだから。

「夕飯にはバジルとトマトのサラダをつけようか。あと、チャイブ浮かしたビシソワーズなんか、どうかな?」
ハーブの様子を熱心に見つめていた高耶が、やがて振り返ってこう言った。
「すごく美味しそうですね」
にこにこと笑いながら直江が応える。
「じゃ、オレ、うちからジャガイモ持ってくる。直江のとこからはトマトもらっていい?」
「了解です」

学校から帰った高耶を迎えて、ふたりでお茶を飲みながら夕食の算段をする、東南の角部屋日当たり良好のベランダには、今日も平和な時間が流れていた。





 






小話その3です…。
キッチンガーデンに組み入れようと思っていた部分ですが、
サンドイッチとうまく折り合えずに、一度はボツった照兄との会話(苦笑)
某さんのおかげで復活しました。催促してくれてありがとうね。m(__)m

ところで高耶さん、メインのおかずを言ってないよ……(汗)




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