天気予報では終日「くもり」だと言っていた。 放課後、教室の窓からちらりと見上げた空も、どんよりとはしていたけれどまだまだ明るい銀ねず色で。だから、ロッカーの置き傘にも手をつけず、そのまま帰路についたのだが。 道半ばで、霧のような細かな粒子が大気にまじった。
なに、すぐに止むだろうと、そのときは、まだ気楽に考えていた。
が。
仕方がない。 「直江っ!」 聞きなれた可愛らしい声に、思わず耳を疑った。 「高耶さん?!」
薄暗い待合室の、まるでそこにだけ光があたっているようだった。 「よかった。間に合った〜。…はい」 そう言って差し出されたのは家に在るはずの自分の傘だ。 「……わざわざ届けてくださったんですか?」
うれしい気持ちより不審が先にたった。 「……外見てたら雨ふってきたから…、今なら直江の着く電車の時間に間に合うっておばさん言ってくれたから。僕が頼んでお使いさせてもらったの。……いけなかった?」
いけないわけはない。 「そんなこと、ないです。どうもありがとう。高耶さん」 「うんっ!」
心のこもった言葉に高耶の顔も輝く。
早速傘を広げながら訊いてみる。 「うん。平気だった。途中までは学校行くのと一緒だし。後はいつもの角を左に曲がってまっすぐ行けば解るからって。どきどきしたけど、大丈夫だった」
高耶にとってはほんの少しいつものコースを外れる冒険。
「おばさんがね、おやつに『くずゆ』を用意してるから楽しみに帰ってきなさいって。
その鸚鵡返しのたどたどしい発音に思わず直江が吹き出した。 「あまくてとろりとしててあったかい飲み物ですよ」 首を傾げて高耶が返す。 「う〜ん?……のみものなの?ココアみたいな?」 「少し違いますね。半透明で白っぽいし」 高耶はますます解らないといった表情になる。 「???………じゃあ、ホットカルピスみたいなの?」 直江の肩ががくりと落ちた。 「……………やっぱり違いますね」 葛湯を知らないものに、その外見を説明するのはかなり難しいことに、いまさらながらに気づく直江である。要領を得ないやり取りに焦れて唇を尖らす高耶に、とりなすように提案した。 「さっさとうちに帰りましょう。口で言うより本物を食べた方が解りやすい」 「うんっ!」
早くおやつにありつくことに、高耶にだって異存はない。
朝の通学と違って時間に追い立てられているわけではない。
その気になれば、みちくさの材料には事欠かない道ではある。
いつのまにか雨はやんでいた。
雲の切れ間から陽射しが差し込む。 その幻想的な美しさに二人で見惚れた。 「……きれいだね」 「……そうですね」 同じ光景をこうして二人で見られることに幸福を噛みしめながら、直江が呟く。 「こういう光を天使の階段っていうんです」 「へえ、そうなんだ。直江って何でも知っているんだね。すごいや」
知識の量だけを、素直に感心されるのがくすぐったかった。
その手を握り締めたくて、傘を畳んで距離が縮まったのをさいわい、そっと空いた片手を差し出した。 ふたり手を繋いで帰る道は、やっぱりいつもとは違ってみえて、このままいつまでも続けばいい…そんなことを思ったりした。
「すごーい。きれい…」 カップを覗き込んだ高耶が歓声を上げた。 「まるで宝石箱だね!」
そんな高耶の反応に、春枝がにこにこと相好を崩す。 「食べちゃうの、もったいないみたいだ…」
そう言ってなかなか手をつけようとしない高耶に、直江は自分のカップからゼリーや小豆を選り分けて高耶のそれに入れてやった。 「お迎えに来てくれた、お礼です。いっぱいになったんだから安心でしょう?」 「ありがと」 促されるまま、ひと匙ひと匙すくい取って、美味しそうに味わう高耶は本当に幸せそうだった。
ほとんど同時に茶の間に戻って、畳に転がる高耶を見つけた二人が、驚いて目を見合わせる。 「疲れちゃったのね」 春枝が愛しくてたまらないといった仕種で高耶の髪をそっと撫でた。
「おやつ、先に食べる?って訊いたらね、この子、あなたと食べたいから帰りを待ってるって。 と、内緒の話のように打ち明ける。
直江は応えられなかった。 「……布団、敷きましょうか。あなたの部屋でいい?」
そう訊ねる春枝に直江は黙って頷いて、そっと高耶を抱き上げる。 「今日は本当にありがとう。ご苦労様」
その寝顔に向かって囁いた。
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制服姿なのは、これまたBBSでのやりとりがきっかけなのですが。
で、私、もともと製本作業は好きなのですが……今回ほど至福に浸れた事はありませんでした。
かわら版置き場においてある話は、たいていが無料配布のペーパー代わりです。
パロ部屋で展開中の小さい高耶さんとお隣りの高校生直江さんのお話です。
ちょうど季節がぴったりだったので、ミニ本に仕立ててオンリーのチラシ置き場に置いてもらいました。
この一連の話は「花盗人」月花草さまに差し上げた掌編がおおもとですので、
これこれこういうわけで、かわら版として無料配布しても構わないだろうか?とお伺いしたところ、
太っ腹にもイラストまでくださいました〜〜!!!
「美少年」な制服姿の直江さんですよ!めんこい高耶さんですよ〜〜!!(悶絶)
もう、ウハウハで(笑)ミニ本では扉絵として使用させていただきました。
このイラストみて、またムラムラと別な話が湧き上がりました…(笑)
後日、イラストとともにパロ部屋にupいたします。
が。待ちきれない方は月花草さんちのエイタで詰襟の直江さんをご覧いただけます。
……だって。
床一面に散らばった、 王子様然とした麗しい直江さんの微笑みに囲まれての作業だったんですもん!!!
月花草さん、本当にありがとうございました。
心から御礼申し上げます。
冊子状のものもご希望があればお送りいたしますので、お気軽にお問い合わせくださいませ。
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