音もなくくもの糸のような雨が降ってくる。 窓越しに外を眺めていた高耶でさえすぐにそうとは解らなかった、 少しずつ濡れて色が変わっていく地面の様子に、ようやくそれと気づくような小糠雨。 洗濯物は? 慌てたように考えて、ひとり、頷く。 大丈夫。家の洗濯物は近頃ではお父さんがコインランドリーで済ましている。 おばさんちのは、さっき家の中に取り込んだから。 そうそう、そのお手伝いを少しして、そしたらおやつのことを訊かれたんだった。 一人で食べるより直江と一緒がいいから、そう答えたけど。 直江、大丈夫かなあ…。 朝は、傘、持ってなかったし……。 考え始めたら、どんどん心配になってきた。 気のせいか雨まで強くなった気がする。いや、気のせいではなく、本当に雨脚は強まっていた。 微かな雨の気配が今では部屋の中にいてもはっきりと解る。 いたたまれなくって高耶は春枝の姿を探した。 「おばさん、雨、降ってきちゃった。直江、傘持っていかなかったよね?」 「あら、本当」 座敷で仕立物を広げていた春枝は頭を巡らせて柱時計の針を確認した。 「この時間だともう学校は出たかしら?駅で雨宿りしてる間にやんでくれればいいんだけど…」 呟くような独り言に高耶がおずおずと口にする。 「…僕、お迎えに行ってもいい?」 「高耶くんが?!」 思いがけない言葉に春枝は目を丸くする。 だが、真剣な瞳で応えを待つ高耶の様子に、やがてふっと微笑んだ。 「そうねえ、今ならまだ電車の時間に間に合うわ。お願いしようかな?でも駅前は車も多いから横断には気をつけるのよ。約束できる?」 「うん!」 「じゃあ急いで支度しないと。レインコート着ていきましょうね。あなたまで濡れたら大変だから」 「はあい!」 慌しく用意をして、傘を持たせて送り出す。 高耶は元気に行ってきますを言うと、黒い傘を大事に抱え、小走りに駆けていった。 その後ろ姿を見送りながら、春枝が複雑そうにため息をつく。 「義明ったら、三国一の果報者ね……」 せっかく家にいる小さな彼に、雨の中、余計なお使いなどさせたくなかった。本当は。 傘をわざわざ届けなくとも、もう子どもではない義明なら自力でそれ相応の対処をするだろうから。 優しい気持ちを傷つけないよう、そうやんわりと断ることもできたのに。 一分でも早く直江に逢いたい。一秒でも長く一緒にいたい。 まるで恋でもしているよう、そう無心に訴えかけてくる高耶のいじらしさに負けてしまった。 結局は自分も高耶には甘いのだ。と、内心で思う。 そして、あんな可愛らしい姿で思いがけない出迎えを受けた息子は、自分以上の歯痒さと、それに倍する幸福を噛みしめるに違いない。 そう思うと、こみあげる笑いを抑えることができなかった。 たったったっ 急げっ、急げ。 たったったっ 拍子を取るようにくり返して、高耶は通い慣れた道をもう一度駅まで向かう。 大きくて長い直江の傘は案外と持ちにくくて、傘の先を地面に引きずらないようにするにはずいぶんと骨が折れた。 雨降りの朝は何度もあったから、高耶だって直江のこの傘を見知ってはいる。 真新しいランドセルを濡らすのばかり気にして、ついつい自分の身体がお留守になる高耶の上に直江が笑いながら差しかけたりしてくれたからだ。 急に暗くなった視界に驚いて見上げると、いつもこの傘の半分と直江の笑顔があった。 でも、こんなに大きいなんて知らなかったな。 どう運べば具合がいいか、つくづくと思案しながら高耶は思う。 直江の手にはしっくり馴染んでみえたその傘は、高耶が持つと箒の柄みたいに長いのだ。 手にさげると引きずるし、胸に抱え込めば足を取られて転びそうになる。 何度も何度も持ち替えて、気ばかり急いても小走り以上には早く走れなくて。 時々は足を止めて切れる息を整えながら、ようやく高耶が駅舎に飛び込んだとき。 ホームから電車の到着したらしいざわめきが聞えた。 よかった。まにあった! 改札を抜ける人ごみの中に、ひときわ目立つ長身の姿を見つけて、高耶が叫ぶ。 「直江!」 吃驚したように自分を見詰める直江の顔は、やっぱりとても奇麗で、そんな直江を迎えに来た自分もなにやら誇らしくて。 高耶は満面の笑みで駆け寄って、おかえりなさいを言ったのだった。 |
いただきものの部屋に収めた『お迎え高耶さん』をみていたら、
むらむらとこんな話が湧いてきました。
「おむかえ」30分前の話・・・。直江が好きで好きでたまらない高耶さん。
なにやらすでにバ〇ップル状態?なのが申し訳ない。
それにしても久しぶりの更新が散々喚いていたアレやソレじゃなくて
コレになってしまったのにもこめんなさいです。某さん…(平謝り)
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