風が、抜ける。 七月の風が、吹き渡る。 連日の炎天だというのに、簾越しに吹く風は嵐気をまとってまるで翠にそまるよう。 山もみじの木陰にでもいるような、爽やかな涼気を連れてくる。 それも道理、此処は下界から離れた一軒家の、深い谷川に迫り出した一室。 絶えて久しい山行に赴くという高耶に伴われて、昨日、初めてこの地を訪れた直江である。 その高耶は、今、直江の膝を枕にまどろんでいる。 ……腹ごなしに少し休むと、そう言い置いて、ことりと寝入ってしまったのだ。 昨夜までは喧しかった妖たちの気配はもはやない。 彼らも息を潜めているのだろうか、あたりは深閑とした静寂に包まれている。 五感に感じるのは、微かな大気のそよぎ、木々の香り、思い出したように時折響く鳥の囀り、蝉の声。 何より脚に感じる高耶の重みと仄かな温み。 彼の眠りを妨げぬよう、直江もまた息を潜め、ただ一人、宿直を務めている。 視線を落せば、目に映るのは艶やかな黒髪。華奢なうなじ。単衣越しにも解る美しい貝がら骨のかたち。 もう自分は知っている。 そこに隠された肌のきめの濃やかさや、匂い立つような桜色にそまる瞬間までも。 昨夜もそうだった。 思い出すだけで、堪らない。 愛しい人に触れたくて、 指先を伸ばしては寸前で握りこむ、そんな仕種を繰り返す。 彼の眠りを邪魔してはいけない。けれど、あるかなしかの風のそよぎに紛れるのなら許されるだろうか? 羽の軽さで髪に触れ、そろそろと梳き流す。 そのまま、静かに、幾度も幾度も。 愛しくてたまらない、心の裡にある想いをこめて。 直江の貌に笑みが浮かんだ。 そして直江には見えようもなかったけれど。 身動ぎひとつしない高耶の貌にもまた、満ち足りた笑みが浮かんでいたのだった。 今宵は大暑。 青嵐の中で、またひとつ節気が動く――― |