夕暮れどきかと見紛うような、陰鬱な空の色だった。 低く垂れこめた厚い雲に負けず劣らず、その下に広がる街並みもまた、ぼやけてくすんだ色をしていた。 「まだこんなとこが残ってたんだな……」 どこか呆然とした口調で、高耶が呟く。 古い平屋の棟割住宅が立ち並ぶ一画。 近道をしようと路地をはいった先には、まるで数十年前にタイムスリップをしたような光景が広がっている。 猫の仔一匹通らない静まり返ったその通りに、躊躇いながらふたり足を踏み入れた。 今にも泣き出しそうな空模様だったから、一刻も早く宿にたどり着きたくて。 こんもりと木立の繁る丘陵を避けるように弓なりに曲がる往路の幹線道路を帰るよりは、真っ直ぐにつっきった方が絶対早い。 確たる根拠もないのにそうきっぱりと断言する高耶の様子が、ただ微笑ましかった。 見知らぬ土地のこと、やみくもに路地を曲がれば迷う危険もなくはないのに。 それでもいい。 重く冷たい大気に彼の指先が冷えてしまったら、自分の手で暖めてやればいいだけのこと。 そう思いなおして、黙って後に随った。 マッチ箱が並んだように、どこまでも続く同じ家。似たような庭。 その古びた人気のない道を、異邦人のように息をひそめて通り過ぎる。 櫨の木 もみじ 南天 ピラカンサ さくらの葉っぱ どんよりとした雲の下、煤けた霜枯れのこの街にこんなにも鮮やかな色のあるのが意外だと、 やがてふわりと高耶が微笑った。 墨色の風景に溶け込んだそれぞれの庭先から次々と見出す炎の色が、ほわんと心を暖める。 通りは林を前に、唐突に途切れた。 そこから先はフェンスに区切られ、けものみちのような散策路が侘びしげに奥へと続いている。 木立に阻まれ更に薄暗い山の中への上り道を、今度は躊躇うことなく先へと進んだ。 湿った枯れ葉が、歩に合わせて微かな音を立てる。 特有の香ばしい匂いがたちのぼった。 目の下にはやぶこうじの赤い実。一面に地を覆う滴るような艶やかな小波。 その濃緑に映える黄色の落ち葉。 つられて見上げる先にははるかに高く繁る梢と落ち残る蔦のはっぱ。 螺旋を描く樅の緑。黒ずむ樹肌。 時折、甲高く響き渡る、鳥の声。 深閑とした空気は心まで奪い取るよう。言葉を喪くして、無言で歩きつづけた。 緩やかな下りの末に、小道は終わった。 急に視界が拓けて、夢から醒めたようにどちらからともなく顔を見合わせた。 見覚えのある風景がそこにある。迷いようのないほどに見知った場所にでたのだ。 同時に目に飛び込む様々な人工の色合いに慣れるように、二度三度と眼を瞬かせた。 街中という日常に戻ってきた安堵。そして一抹の寂寥。 束の間の夢幻の時間を惜しむように高耶は後を振り返る。 「あ……」 その眼の端を白いものが掠めた。 「ゆきむしだ……」 もうすぐ本物の雪が降る、 それは、静かな予兆だった。 |