しもつきのいろ  ―その夜―



直江がその雨に気づいたのは、夕餉も終えてかなり時間の経った頃、本館と部屋とを繋ぐ渡り廊下の途中だった。
常夜灯に照らされる庭石が、いつのまにか黒々と濡れた光を放っている。
音もなく気配も感じさせず、静かに氷雨は降りだしていたのだった。

元々があやしい雲行きだったから驚きはしなかった。 半ば予想していた雨がついに降りだした、それだけの話だ。
ただ、部屋に残した高耶のことが気懸かりだった。
宿に帰り着いてからも。 湯を遣い、酒を少々嗜みながら食事を摂る間も。
とりとめない話をしながら、高耶は、時々、ぼんやりと視線を彷徨わせていた。
昼間見た風景に心が囚われたままなのだ。
尋常ではない今の彼が、この冷たい雨でさらなる気鬱を呼びこまねばいいが―――
直江もまた莫とした不安を胸に部屋へと急いだ。

日暮れとともに窓の障子は閉めきったはず。
適温に保たれた快適な室内で、普段なら外界の些細な変化など気にもとめないだろうに。
高耶は障子と窓とを開け放ち、黙って外を見つめていた。
「高耶さん」
吹き込む湿った空気はかなりの冷たさで、直江はぞくりと身を震わせる。
ゆっくりと近づいて窓を閉める直江を認めて、のろりと高耶が頭をめぐらす。
そんな彼にことさらに穏やかに声を掛けた。
「ほどほどにしないと風邪を引きますよ。ほら、こんなに……」
そっと伸ばした手に触れる彼の頬は本当に冷たくて。思わず直江は自分の羽織を脱いで着せ掛け背後から抱きしめた。
拒絶はなかった。
「……あったかい」
抗うどころか、逆に高耶は身体に回された直江の腕を抱えるようにして顔をすり寄せる。
幼い子どものような仕草で。何も彼もを委ねるように。

「こうして雨に打たれたら……きっとみんな散っちまうんだろうな……」
鮮やかな櫨も、モミジも、散り残った蔦の葉も。
あの炎のような色合いは今日を限りにいなくなる。
それが晩秋という季節が終る刹那の華やぎで、 やがて雪に変ろうかというこの氷雨が来るべき冬の先触れ、季節はこうして巡るべきものなのだと 解ってはいても。
現実に数刻前に目にした風景が本当に移ろってしまうのが切ないのだ、彼は。とても優しい人だから。

「私がいます。絶対、離れたりしませんから……」
回した腕に力をこめて、囁いた。
「うん……」
小さく高耶も頷いて、それから猫がするように背筋を反らし顔を上げる。
強請られるままそっと口づけを落した。
「このままずっとあなたをあっためていてあげるから……」
「うん………」
濡れた瞳はまだ囚われた淋しげな闇色。
けれど、やがて其処に歓喜の炎が真紅の火花を閃かせるように。
生身の肉体の熱さを教えるために。 滾る生命の迸りを彼に注ぎ込むために。
直江は恭しく高耶を抱き上げ、褥へと連れ帰った。




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いろいろニンジンぶら下げてもらって、スル気満々(←殴)で続きを書き出したんですが(おい)
ここで止まっちゃうのはなんで??(苦笑)
触れなば落ちん風情の高耶さんだと、直江が自制しちゃうんですね。きっと(^_^;)






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