五月の事情






四月の終り、高耶のもとに一本の電話がはいった。




――もしもし、高耶さん?お元気ですか?

――…お、おう。

穏やかな深みのある声。ありきたりの挨拶でさえ、なぜだか胸がざわめいた。
それが妙に悔しくて、ついつい受け答えは無愛想なものとなる。
それにめげる風でもなく、電話の向こうの相手は用件をきりだした。

――来週の水曜日、お時間をいただけますか?

――来週……って?

(え?)

カレンダーをめくりながら確認した日付に、高耶は危うく洩れそうになった疑問符を飲み込んだ。
その微妙な沈黙を直江は別の意味に受け取ったらしい。申し訳なさそうに言葉を継ぐ。

――先の件で霊査報告がはいりました。あなたにも含んでいただきたいことです。
予定が入っているのなら、申し訳ないのですが……。

こちらを優先させてくれという、無言の威圧。

――あ……いや、それは大丈夫。……けど、いいのか。おまえの方こそ。

――なにがです?

――ううん。なんでもない。じゃ、三日だな?

それとなく、日にちを口にした。相手の反応を窺うために。 

――はい。午後には伺います。 

――わかった。じゃ……待ってる。

目には見えないのに、なぜか受話器の向こうで嬉しそうに微笑う直江の顔が頭に浮んだ。
通話がきれて、思わず深く息を吐く。

(なんだよ……あいつ、気づいてねーのか?自分の誕生日だってこと)

(なにかプレゼント用意しなくちゃな……)

わけもなく赤らんだ頬がひたすら熱かった。



そうして、悩みに悩んだ一週間。
高耶の選んだプレゼントは、今、白いポリ袋に入ってその手にぶら下げられている。
約束の刻限まで、あとすこし。
なんて渡そう?気に入ってくれるだろうか?
ドキドキしながら、バクバクしながら、もうすぐ現れるはずの直江の姿を待っている。
その緊張が満面の笑みに変わるまでは、あとすこし――。

そして物語は、未来へ続く。




                               イラスト あきやまさんちのエイタより転載




去年の浅草オンリーで配っていただいたかわら版です。
「さつきしもつきはづききさらぎ」に収録の「皐月」の話の前振り部分。
先日あきやまさんにお会いしたのをさいわい、無理やりにこのイラストの転載許可をもぎ取りましたので、こうしてupできた次第(笑)
あきやまさん、どうもありがとうございました。

そして。前振りしたんだから、後日談もつけたいよね…とは管理人のささやかな願望であります(笑)
去年の五月我が家に流行った性悪な風邪のせいで挫折したままだったのです。




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