彼と過ごす室の外、月影が窓に掛かる。 不意の明るさに目を上げれば、 連子格子の向こうに欠けた十九夜の月の端。 床の上にはくっきりと格子の影。 月が桟をひとつ移動するたび、落ちる光と影もまた角度を変えて少しずつ照らす範囲を広げていく。 やがて光の矩形に白く浮ぶのは、形のいい足裏。 くるぶし。 脛。 ひきしまった太腿。 月の光は闇に沈んでいた彼の身体を少しずつ舐めあげるように露わにしながら、 同時に彼を黒々とした影の檻に閉じ込めていく。 まんじりともせず月影を追っていた男がうっすらと笑った。 次に光が這い登るのは、なだらかなふたつの丸み。 だが双丘の更なる奥処、先ほどまで己が蹂躙していた翳りまでは届かない。 暴けるのは自分だけ。そんな優越に男の笑みが深くなる。 稚い背中の描く優美な曲線に、淡い陰影を載せていく光。 ことさらに白く光を弾くのは、彼の肌がしっとりと湿っている所為。 今は無彩のその背中が、夜目にも鮮やかな紅を刷いた瞬間を男は知っている。 あれほど懇願したというのに、貌を伏せたまま頑ななまでにその表情を見せることを拒むから。 逸る気持ちに耐えかねて、後から強引に貫いた。 そんな仕種ひとつにどれほど雄がそそられるのか、彼は気づいていないのだ。 突き入れられる衝撃に浮き上がる肩甲骨。強張る背筋。 背丈だけは大人に追いついた。それでもまだまだ華奢な身体だ。 育ちきらない薄い背が艶めかしくうねり薔薇色に染まっていく様子を、陶然と男は見下ろし、そしておもむろに動き始めた。 互いに無言の交わりだったが無音というわけではなかった。 堪えきれずに零れる喘ぎ、繋がる肉のまとう水音が、確かに彼の陥る悦楽を語ってくれた。 夜具を握りしめ、縋るように爪を立てて、強情な彼はとうとう面を上げることなくそのまま気を飛ばしてしまったけれど。 傍らに添い臥していた身体を起して、男は凝と、彼と、彼を捉える月影を見ている。 闇と光の境界は、今はうなじのあたり。 改めてその細さに息を呑んだ。 横向きにうつ伏せていた顔。 その貌に光が当たった瞬間、彼もまた窓越しの月を認めたようだった。 「月が囚われているみたいだ……」 小さな声で呟くのに、男が返す。 「あなたもですよ」 格子の落す影が檻のように彼の全身を覆っている。 「月影は私の眷属だから。……やっとあなたを捉えた」 彼が声もなく笑った。 ゆっくりと頭を上げてようやく視線を見合わせる。 「互いに捉えて捉えられてか……。本当のとこはどっちなんだろうな?」 「どちらでもいい。あなたが、今、此処にいてくれる。それだけが真実だ」 「うん……」 柔らかく微笑む、掌中の珠。 永の年月をかけてようやく見出した、愛しい存在。 もう迷わない。次の季節が巡ってきたらあなたのもとに飛んでくるから。 抱きしめようと腕を伸ばして、逆にふわりと抱き返される。 彼の身体からは幽かな桜花の香りが漂っていた。 「おやすみ……」 「おやすみなさい……」 そうしてふたり同時に目を閉じる。 連子格子から室に忍び入るのは月影ばかりではない。微風にのった花びらがはらはらと舞い落ちる。 また来年の逢瀬を約して、眠りについたふたりを寿ぐように。 |