Precious ―草摘み― 



新学期そうそうの委員会が思いがけなく紛糾して予想外に帰りの遅くなった日のこと、 独り、夕食を取ろうと席についた食卓の上に、それはあった。

一人前の食器だけがわびしく並べられたテーブルのまん中、ちょこんと置かれた一輪挿し。
そこにいけられた小さな花束。

薄紫の菫。
真っ白な星の集まるタネツケバナ。
凛と背筋を伸ばしたような踊り子草――― 小さいながらもそれぞれ見事な造作を持つ野の花が、彩りよく互いの花色を引き立てあっている。

「可愛いでしょ?」

花に見入る息子の前に 温めなおした味噌汁の椀を置きながら、春枝が微笑んだ。

「高耶くんのおみやげなの」

「高耶さんの?」

「帰り道に摘んだからって。ああ本当にもう、なんて可愛いのかしら」

この場合の「可愛い」は当然「花」ではなく「高耶さん」に掛かるのだろうな…と、 埒もない品詞分解をしながら、直江は軽く頭を下げてから箸を手にし熱々の味噌汁を啜る。

食事に専念するところを見せつければ少しは話し掛けるのを遠慮してくれるかと思ったのだが、どっこいこの母はそれほど甘い相手ではなかった。
テーブルの反対側に陣取り、黙々と食べる息子の食事風景をにこにこと眺めている。まだまだ話は続くらしい。

「摘み草のお土産なんて二十年ぶりよ。冴子の小さいころ以来。照弘も義弘もそんな繊細さはなかったし。 ……あなたにいたっては…、まあこれはいっても始まらないけれど。それにしても、毎日同じ道を歩いていてどうしてこうも目の付け所が違うかしらねえ?」

そう言って春枝はわざとらしい大仰なため息をつく。

そりゃ十八になろうとする男子高校生が花摘みなぞしてたら、そちらの方がよほどブキミだろう?と、内心で突っ込むが。 母の言いたいのはきっとそんなことではない。

伸びやかで素直な高耶を見るたびに、正反対だった昔の自分を思い起こすのだろう。
気苦労ばかり掛けていた子どもも、ようやくそれを笑い話にできるほどに育ってくれた。愚痴めいた呆れたようなコトバの裏にそんな心中が透けてみえるから、直江もあえて軽口で応じ、おおげさに頭を下げる。

「それはそれは申しわけありませんでしたね。気のきかない息子で」

「…………まったくその通りよ」

晴れやかに母が笑う。 細めた目元、自分を見つめるしんみりした慈愛の色に居たたまれない気分になったけれど、それは母も同様だったかもしれない。
何しろすぐさまこんな切り返しをしてきたのだから。

「……こんなあなたのいったいどこがよくて高耶くんはあんなに懐くのかしら?不思議だわ」

「……おかあさん」

がっくりと脱力した。その切替えは少々反則ではないですか?

「それでね、ちょっと思いついたんだけど、あなた明日は午後から空いてるって言わなかったかしら?」

「確かに空いてはいますけど…」

ダメージから立ち直れずに不承不承に返事を返す。新入生を対象にしたオリエンテーションが組まれていて三年生は御役御免な金曜日である。
今度はいったい何を言い出すのだろうかと 身構える直江に、春爛漫の笑顔で春枝は言った。

「裏の林の向こうの空き地、あそこで摘み草してくれない?」






「ふーん。じゃモチクサってヨモギのことなんだ」

手にした竹篭を揺らしながら高耶が言う。

「逆にすれば草餅だもんね。なぞなぞみたい」

林を迂回するようにぐるりと道なりに歩いて、そろそろ水かさの増す用水路を渡った先にある、田んぼと畑と竹薮に囲まれた日当たりのいい入会地。
直江が子どものころから空き地だったその場所には毎年山ほどの蓬が生える。

摘み草で連想が働いたらしい。お花の御礼に久しぶりに草餅でも作ろうかと思うんだけど。と、話を切り出されたのは昨夜のこと。
高耶独りを行かせるのは心配だからと、お供を命じられて、もちろん直江に否やはない。


「おばさんの草餅、楽しみだね」

「そのためには頑張ってたくさん摘まないとね。籠がいっぱいになるぐらい」

「うん!」



張り切る高耶を案内し久々に訪れた空き地は、さながら天然の隠れ庭のようだった。

青い星を散らしたような一面のイヌフグリ。紫紅色の立浪草。 まだ丈の低い黄金色のたんぽぽ。
可憐で色鮮やかな春の花々。

「ねえねえ、あれは?なんていう花?」

きょろきょろとあたりを見渡して高耶が指差すのは花畑の片隅、潅木の細枝に俯いてひっそりと咲く白い五弁花。

「木苺です。一月ぐらいしたら甘酸っぱい実がなりますよ」

「へえ…」

食べられる実がなると聞いて、俄然興味が湧いたのだろう、高耶は木苺の茂みに釘付けになっている。

「そのころになったらまた来てみましょうか。でも、まず今日のところは草餅のための摘み草しないと……。ね?」

ああそうだったと本来の目的を思い出して、高耶は慌ててしゃがみ込む。

「うん。おばさん、待ってるよね!早く摘んで帰ろ」

小さな手が器用に動いて枯草を選り分け、萌え出たばかりの若芽を摘み取っていく。
その熱心さにつられたように、直江もまた屈んで草を選り分けた。
陽光にあたためられた地面からは芳醇な土の匂いがして、摘んでいく蓬からも独特の爽やかな香がたつ、その香気を胸いっぱいに吸い込みながら。

高耶と過ごすのどかな春の昼下がり。

他愛もないおしゃべりをしているうちに、用意の籠はいっぱいになり、セリや土筆やフキノトウやそんな春の野草もおまけにつけて、 やがて傾きかけた日差しの中得意満面の笑顔で、ふたりは家路についたのだった。





      







摘んできた蓬を茹でて晒す下処理に一晩かかること、春枝さんは高耶さんにちゃんと教えているのかなあ?
なんか、すぐにも食べられると思い込んでいそうな高耶さん(苦笑)
ごめんねごめんね。明日のおやつ、楽しみにしていてね。

春らしい(でも桜じゃない)お話は、やっぱり食べ物が絡んでしまいました(笑)
おかしいなあ。花がメインのはずだったのに。。。

そして野草の時期、微妙に東北時間だと思います(関東圏でなく)
…あまりつっ込まないでくださると嬉しいです<(_ _)>
そしてやはり一連のPreciousとは微妙にタイムラグがあるようです。
どうか、こちらもごめんしてください(低頭)









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