しんしんと底冷えのする残業帰りの冬の夜。 「ただいま」 ドアを開ければ 「おかえりー」 ぱたぱたと急ぎ足で駆け寄ってくる笑顔の彼。 寒さも疲れも吹き飛ぶようなその顔に思わず直江は相好を崩す。 すかさずおみやげを手渡して、勧められるまま風呂を遣って。 身も心もほかほかになってリビングを覗けば、そこにはパジャマにフリース姿の高耶が渡したはずのアイスクリームのパッケージを手になにやら難しい顔をして座っている。 「高耶さん?溶けちゃいますよ?」 吃驚して声を掛ければ、 「あ、大丈夫。これは箱だけ」 片手でひらひらさせる様子を見れば確かにそこに中身はない。ではなぜわざわざ空箱を眺めいてる? 訊くより先に彼が答えた。 「これ、三種類ずつ六個入ってるんだ。で、早速食べようと思ったんだけどどれにするか迷っちゃって。とりあえずアイスは冷凍庫にしまって、 今じっくり説明読んでるんだけど。見れば見るほど決められないんだよな〜」 このイチゴもおいしそうだし、メープル風味も捨てがたいし、やっぱりバニラは王道だし…。 そうぶつぶつ呟きながら真剣に悩んでいるのが 微笑ましくてたまらない。 「全部食べればいいじゃないですか」 至極真っ当な解決策を提案すると、瞬間彼は目を輝かせ、でもすぐにふるふると首を振った。 「いやいやそれじゃ贅沢すぎ。第一カロリーオーバーだ」 質実な彼なりのルールなのだろう、体重を気にする女の子みたいなことを言うからますます楽しくなって、 わざと思わせぶりに声を潜め、悪魔のごとく囁いた。 「もともと小ぶりなアイスだしみっつまとめたって平気ですよ。食べたら運動すればいいだけの話です。……もちろん私も協力しますから」 「………」 続いたのは暫しの沈黙。 もしも。 その僅かな間に、直江はつい不埒なことを考える。 「ナニ考えてんだよっ!このスケベっ!!」 台詞に込めた意味を察して真っ赤になった彼がそう怒鳴り散らしてくれるなら、それはとても素敵で嬉しい成り行きだけど。 でも実際は。 「そっかー。それもそうだな。んじゃ、明日マラソン付き合って。な?」 あいにく彼はまだまだ育ち盛りのお子様だ。 弄した詭弁であっさり納得してくれて、素直に言葉通りのお願いをしてくる。 そして嬉々として冷蔵庫へ向かった。 「いっただきまーす♪」 目の前にカップを並べ、一口頬張るごとに美味しいっ!と連発する高耶は満面の笑顔。 見惚れる視線に気づいたか一匙ずつのお裾分けにも与って、邪気のない彼の仕草に直江も笑み崩れた。 「どう?おいしい?」 「ええ、とっても」 「そっかー。よかった」 お互いにこにこ笑いあって。それから他愛もない一日の話をして。 そうしてゆっくり夜が更けていく。 いずれ大人になる彼に正式なお付き合いを申し込むのはまだまだ先の話。それはそれでとても待ち遠しくはあるけれど。 急がなくていい。 小さな高耶を見守る役目は、今だけに許された至福の時間。 目をこすり始めた彼を洗面所へと促して、直江は静かに灯りを落とした。 |