その日、お土産ですと差し出されたのは、デパートの包装紙に包まれた細長い紙箱だった。 少しばかり不審の色を浮かべながら包みを開けて、やがて、高耶の瞳がまるくなる。 箱の中身はワインの壜。それも、シンプルな白のラベルに可愛らしい絵のついた。 「さくらんぼワイン?」 思わずその名前を声に出して読んでしまってから、傍らの男の顔を窺った。 「ええ、たまたま物産展で見かけて。すごくきれいな色でしょう?甘口で度数もそんなに高くないそうです。 ……いかがでしょう?」 おもねるように訊ねられて、高耶の口がへの字に曲がる。 (いかがでしょう…つったって。もうここにこうしてあるもんは飲むよりしょーがないだろ。確信犯め) とにかく自分を甘やかしたくて仕方のない男の性分を、もう高耶は知っている。 態度でも、言葉でも、或いは形あるモノに託すのでも。 あふれるほど自分にくれようとする男の心情が嬉しくないわけはないけれど。 自分のためなら湯水のごとく浪費する、その金銭感覚だけはどうにもついていけなくて。 どこまでなら、どんな品なら素直に受け取れるか、受け取ってもらえるか。 幾度となく繰り返された応酬の末に、ようやくふたり、おぼろげな互いの許容点を見出しつつある最近である。 その暗黙のルールから、このワインはいささかはみ出している気はする。今日は記念日でも何でもない、ありふれたいつもの一日なのだから。―――けれど。 珍しいモノを見かけた。 とてもきれいで美味しそうだった。 だから、どうしてもあなたにも味わって欲しくなった。 そんな直江の心の声が聞えるようで。 「冷やした方がいいのかな?冷蔵庫に入れとくな」 返事を待たずに高耶はワインを掴んで立ち上がる。 「ありがとな。直江」 まるでついでのような物言いだけど、確かに気持ちを受け入れてもらえたことを覚り、 直江は黙って微笑んだ。 「あっめえ!でも、美味い!!ほんとにジュースみたいだな。全然酒っぽくないぞ?」 フルートグラスに注がれたワインを一口含んで、高耶が素っ頓狂な声をあげる。 鮮やかなルビイ色。ほのかな芳香とこっくりとしたあまみ。 喉をくすぐりながらおちていくような柔らかな口当りを、高耶はいたく気にいったらしい。 何度もお代わりをして子どものようにはしゃぐ様子が、ただ愉しい。 「直江は?おまえは飲まないの?」 残り少なくなった壜と直江のグラスを見遣って高耶が首を傾げた。 「いただいてますよ」 「でも、さっきから減ってないじゃん」 最初の一杯を相伴したあとは、グラスを舐めるようにしながら過していたのに、ようやく高耶が気づいたらしい。 「私にはすこし甘すぎるので」 苦笑しながら、言い訳を口にした。本意は別のところにあるのだけれど。 「ふ〜ん。悪かったな。味覚おこちゃまのオレにつきあわせて」 拗ねたように高耶が絡む。その目元は微かな紅を刷いている。 「あなたのために買ったんだから、あなたにいっぱい飲んでほしかったんですよ。でもそろそろ切り上げた方がよさそうですね」 いなしながら、手に手を重ねてグラスを取り上げた。 「普通のワインじゃないからうっかりしてましたが。大丈夫?高耶さん。目が回ったりしてませんか?」 たとえ度数が低くても量を過せば意味はない。アルコールに強くないことは知っていたのに、飲ませすぎたかもしれないと、少し焦った。 「んー?」 しどけなくソファにもたれていた高耶が身を起す。胡座をかき背筋を伸ばしてこきこきと首を回している。 「……大丈夫。まだなんともない。それよか、おまえだ。オレばっかいい気分になってちゃ申しわけない」 身を乗り出して睨んでくる視線が微妙に揺れている。 ……完璧に酔っているのだ。こういう高耶は駄々ッ子に戻るから、可愛らしくはあるけれどいささか扱いが難しい。 考えあぐねる直江の一瞬の隙を衝いて、高耶の手がグラスに伸びた。まだ半分ほど残していた直江のグラスに。 一息に干すと、テーブルに片膝を載せて直江の顔を両手でがっしりとはさみこむ。そして上から覆い被さるように唇をあわせてきた。 口移しの、甘いワインのキス。 「……どうだ?これでも甘いの苦手か?」 目を瞠いたままの直江に高耶が囁く。 「……お代わりをくださいますか?」 囁きに劣らず潜められた応えに、高耶がくくくと、喉で笑った。 卓に乗り上げたままの不安定な姿勢の高耶に手を添えて、なんなく自分の側へと引き寄せる。 されるままにおとなしく直江の膝に収まった彼が今度は首に腕を巻きつけた。 「……今、すっげーいい気持ちなんだけど。おまえが。もっと気持ちいいことしてくんない?」 あからさまな誘惑。理性なんて瞬時に吹き飛ばすほどの、火酒の酩酊。 「……もちろんよくして差し上げますが。でもキモチイイだけじゃすまなくなりますよ?いいの?それでも」 回された腕にぎゅっと力がこもって、きっとそれが返事の代わり。 しがみつく高耶を軽々と抱き上げて、直江は静かに寝室へと向う。 灯りもそのままのリビングから、人の気配が消える。 図らずもあまい夜へのアペリティフの役割を果たしたデザートワインの赤い液体がその光を受け、時折、炎のように揺らめいていた。 |