「うわあ、かーわいいわねぇ……」 柔らかなコットンに包まれて眠る赤ん坊を見ながら、綾子が言った。 「どれどれ、おっ、なかなかいい面構えをしてるじゃねーか。あの二人から一字ずつもらったんだって? こりゃ将来相当な男前に育つぞ。……まあ俺よりはちょっとばかし落ちるけどな」 ベビーバスケットの脇に座り込んだ綾子の背後からぬっと顔を突き出して、これは千秋。呆れたように綾子が振り返る。 「あんたねぇ……。赤ちゃんと張り合ってどうすんのよ。それに、間違ってもあんたみたいなタラシにはそだってほしくないわ。ねえ、美弥ちゃん?」 「あっ、この野郎。男の甲斐性を馬鹿にしたな」 「だーかーらー、そんな甲斐性いらないって」 相変わらずの二人に、美弥がお茶を入れ替えながらくすくす笑っている。 とその時、眠っていた直耶の眼がぱちりと開いた。 諍いをぴたりと止めて、千秋と綾子がにっこり笑う。 そんな二人の顔を、赤ん坊は不思議そうに見上げていたが、突然、火がついたように泣き出してしまった。 うろたえて顔を見合わせていると、すかさず美弥が割って入った。慣れた手つきで赤ん坊を抱き上げ、優しく揺すりながら二言三言声をかける。 泣き声はたちまち小さくなり、 やがて甘えたような鼻声をだして美弥の胸元に顔を擦りつけ始めた。 「美弥ちゃん、すっかりお母さんねぇ……」 手際の鮮やかさに感嘆しながら、綾子がため息をつく。 はにかむように微笑って、美弥が言った。 「なんだか、お腹空いたみたい……ちょっと失礼しますね」 そのまま直耶を抱いて別室へ移ろうとしたのだが、それより早く千秋が頭を掻きながら立ち上がった。 「……あーっ、俺も一服してくるわ」 腰を浮かせかけた美弥を手振りで抑えながら、 「いーのいーの、お構いなく。直耶にケムリ吸わせるわけにいかないもんな」 そう言って、さっさと外へ出てしまった。 結局、美弥はその場で授乳を始め、残された綾子と互いの近況など話していたのだが、ともすれば、綾子の視線は赤ん坊に釘付けになってしまう。 「ほんとにかわいいわねぇ……」 うっとりと見つめながら、この日幾度となく口にした台詞をまた呟く。 「あたしも赤ちゃん、欲しくなっちゃったなぁ。あっ、でも相手がいないからムリか……」 ため息混じりの言葉に、意外そうに美弥が視線を上げた。 「相手って……綾子さんぐらい綺麗だったら男の人が放っておかないでしょ?付き合っているひと恋人、いないんですか?」 ずばりと聞いてくる美弥に苦笑しながら綾子が応えた。 「……うーん。ご飯食べたり、プレゼントくれたりする友達なら不自由してないんだけどね、……子供作るからにはそれなりの段取りがあるでしょ?そうするとみんなどっか押しが足りないのよねぇ……」 「千秋さんは?」 「ええええっ!ちょっと美弥ちゃん!冗談きついよ?何でここにあいつの名前が出てくんのよ?」 綾子の絶叫に驚いたのか、直耶がくわえていた乳首をぷつんと離した。慌てて美弥が視線を戻し、泣き出す前に再びお乳を含ませる。 「だってあたし、まえ以前から思っていたんですよ?千秋さんと綾子さんて、すごくお似合いのカップルだなって……違うんですか?」 上目遣いに確認してくる美弥に、綾子はぶんぶんと首を振る。 「馬鹿言わないでよ。あれとはただの腐れ縁。第一あたしには慎太郎さんってひとが…っ」 はっと我にかえったときにはすでに遅く、美弥が瞳を輝かせている。 「なーんだ。やっぱりそういうひといるんだー。隠さないで教えてくださいよー。……どんな人なんです?」 興味津々の美弥に突っ込まれ、都合の悪い部分はぼかしながらも、綾子は慎太郎との一部始終を打ち明ける羽目になった。 今でも再会の約束を信じて待っているという綾子の話に引き込まれて、美弥はすっかり眼を潤ませている。 「そっか……。でも、きっといつか迎えにきてくれますよねっ!慎太郎さん」 満腹になった直耶をあやしながら、美弥は努めて明るい声を出す。そしてふと真顔になった。 「綾子さんに好きなひといるのは判ったけど……、千秋さんはどうなんだろ?」 「はっ?」 「千秋さんも綾子さんのこと好きなんじゃないかなあって……。あたし、ずっとそう思っていたもんだから」 「ないない。それは絶対にない」 問題外とばかりに手を振る綾子を、疑わしそうに美弥が見る。 「本当に?」 「うん。本当。長い付き合いの腐れ縁だからね。ただの茶のみ友達になっちゃうのよね。 あたしはあいつのこと男としてみてないし、向こうだってあたしを女だとは思ってないんじゃないかしらね」 深い深いため息をついて、美弥が肩を落とした。 「綾子さん……。それってもったいなさすぎ」 「あら、そうお?」 「そうですよ。綾子さんも素敵だけど、千秋さんだって負けないぐらい素敵でかっこよくて優しくて頼りがいあるんですよ? そんな美男美女のカップルが、実は恋人でもなんでもなくてただの茶のみ友達なんて、世間に知れたらヒンシュクものです!」 「美弥ちゃんにそこまで肩入れしてもらえるほどの価値があいつにあるかしらねぇ……」 「綾子さん!」 ピンポーン ドアチャイムの音がして、二人は唐突に口をつぐんだ。 「おーい。ついでに冷たいもん買ってきたぞー。チョコミントとラムレーズンと氷あずき、どれにする?」 コンビニの袋をぶら下げて戻った千秋は、二対の眼にまじまじと見つめられて面食らった。 「何なんだ?いったい」 訝しがる千秋にはかまわず、視線を美弥に移して綾子が断言した。 「……まあとにかく、便利で気が利くのは確かだわね」 ひどく意気込んだ表情で、美弥が頷く。 そうしてしばらく無言で顔を見合わせた後、同時に吹きだして笑い転げる二人を取り残された千秋がただ憮然として見つめていた。 |