「こんなもん、どーして持ってるっ!」 突然、胸ポケットに突っこまれた冷気のカタマリ。 京都へと向かう高速での走行中に取り出すわけにもいかず、高耶はなるべくそれが肌から離れるように、と背中を丸めてハンドルの上にかがみこむ形になった。 「ロールケーキに付いてたんですよ」 助手席の義明は、左の窓に頬杖、のポーズに戻って薄笑いを浮かべている。 「栄光堂の買ってきてねー、って綾子さんが」 「栄光堂―? あれ和菓子だろ? うひゃ」 また冷気――保冷用パックに肌を襲われて、高耶が悲鳴をあげる。 「これに懲りたら、運転中のケータイはやめましょう。洋菓子部門もあるんですよ」 しれっと言う義明を横目でにらみ、高耶はむっとした口ぶりで応じる。 「綾子のパシリは、するのかよ」 「二つ買って、弟のために冷蔵庫に入れといてやりなさい、って言ってくれたんです」 高耶は、真顔になった助手席の少年に、一瞬目を奪われた。 弟に配慮を示した者を、彼はとても大切に考える。 うずくような気持ちが胸のあたりにあるが、高耶はそれを抑えこんだ。 自分が欲しいのは、彼の「感謝」ではないのだ。 「ローソクもらえとか、言われなかったか?」 不意に落ち着いた声に戻った相手に、あれ、という目を向けながら、義明は首を振った。 「いえ……、だってロールケーキだし。あ、京都では、どっかでごてごてのバースディケーキを見つけるって言ってましたっけ。できれば……えーと……えーっと昔の何とかクリームの」 「バタークリーム? そんなの今売ってないだろ。あったとしても俺は食わない」 高耶は肩をすくめた。 「28本もローソク立てたら、その熱で、でろでろだ」 「……28……?」 義明はきょとんと繰り返した。 「千秋センセの誕生日?」 高耶は歯をガチッと噛み合わせた。 「オレだ!!」 義明は、へーっと表情で答え、言葉で付け加えた。 「……オメデトウゴザイマス」 「明日だ!!」 思わずもう一度吠えてから、高耶は一呼吸置いて、静かに言った。 「明日、言ってくれ」 仰木高耶に生まれておめでとう。 おまえの口から。 了('08.7.23) |