二回、口をすすぎ、やっぱダメだろ、と歯磨き。 顔を洗っていたら、首筋や胸のあたりの二日酔いニンゲン特有の臭みが気になって、シャワー!と浴室に飛び込んだ。そんじゃいっそ、と追い焚きスイッチを押して――。 浴槽に浸かったところで、やっと綾子にからかわれたのだと気づいたが、まるっきりハズレでもないだろうと、しっかり髪と全身を洗った。 結局は。 自分が弱かったのだ、と高耶はシャワーの水流の下でつぶやいた。 心は繋がっていたし、今も想い合っていることに疑いはない。 だが初めて肌を合わせたあの時、彼にそれだけの――いや、自分の飢えの半分ほどの情欲もあったとは思えない。 魂は間違いなく「彼」でも、現実には十七歳の少年であり、次々にのしかかってきたものは、心にも肉体にも重すぎた。 苦難を乗り越えて戻ってきた彼は、意志と思いこそ強く持ってはいたが、身体は鬼八という一民族の念を抱えていた時よりも、細く儚くなっていた。 毒は肉体から抜け、看病も誰に止められることなく出来るようになり、ずっと傍らにいられるようになっても。 落ち窪んだ眼と荒れた唇、削げた頬、細い手首。 薄くなった肩や胸を清めてやりながら、オレは唇を破れるほどに噛みしめていた。 こんなにやつれた者に――欲情を募らせる自分が情けなく惨めで……。 眠ることも出来なくなっていた。 あいつはそんなオレを救ってくれた。 身を委ね、その劣情を受けとめて。 そんな風に――始まってしまった。 そしてこうして――オレは、またいつものつまらない猜疑心に囚われるんだ。 「欲しがっているのは、オレだけか?」 高耶は何度目かの深い溜息をついて、浴室を出た。髪を拭い、バスローブを羽織り、洗面室のドアを――。 「あぅわっ!」 ばぅんとドアに衝撃。 「え!?」 ノブを引き戻して廊下を覗く。たっ、た……と鼻を押えた義明が、向かいの壁に寄りかかっていた。 「わ……! おい、すまん、大丈夫か!?」 義明は左手に下げていた洗濯カゴを取り落とし、そちらの手も顔にあてた。 「カゴ戻しに来たのか。まさかそんなタイミングで……」 高耶は少年の手首をつかんで引き寄せた。 「見せ……」 涙をにじませた目と、痛みを逃がすために薄く開いた唇と――。 駄目だ、これじゃ繰り返し――警告が心を叩くが、身体は止まらない。 欲しいんだ、と指が。 だん、と高耶の後頭部に鈍いショックが来た。 え!?と目を見張る。 壁に背中を押しつけられた自分を認識したのと同時に。 「ふ……わっ!」 喉元のくぼみに熱いもの。湿った音のあと、強く吸い上げる感触に、腰が砕けそうになる。反り返りかけた顎を引き戻されて――唇が塞がれた。 霧散してはいなかった弱気が言わせた、 「昼だけど、いいのか?」 という無粋で野暮な言葉は、むっと結ばれた口元で一蹴され、午後は寝室で過ごした。 充足して、右腕の上の柔らかい髪を抱き寄せ、額や鼻先に唇を押しあてると、眠ったまま抗議のようなつぶやきがもれて――でも離れてはいかない。 そりゃ、眠いよな、とタオルケットを引き上げ、肩を包んでやりながら苦笑する。 オレのやらかしたアホのせいで、一昨日の夜は少ししか眠れず、昨日は声もかけられないほど、きりきりと働いて、あげくに酔っ払いの世話だもんなぁ。 多分昨夜もほとんど寝てなくて……。 やっと今生で出会えた頃ぐらいに体力が戻ったばかりなのに――オレはおまえを削ってばかりだ。 んぅ、と栗色の頭が揺れて、ぼんやりと彼の目が高耶を見上げた。 すっと伸びてきた右腕に巻かれて、ゆっくりと高耶は彼の胸に抱きこまれた。 「………大丈夫……」 くぐもったささやき。 「……そばにいる、から……」 髪を梳く指先。 「…………泣かないで」 泣いてなんか、と言い返そうとして、高耶は彼の胸を濡らす自分の頬に気づいた。 深く穏やかになった寝息に、高耶は自分の呼吸を合わせ、大切なものをもう一度抱きしめた。 「ありがとな」 オレの傍に来てくれて――ありがとう。 了('09.10.24) |