願うこと




そっと指先が頬に触れる。
確かめるようにゆっくりとすべる。
左手もあがってきて、両手の指でそっとそっと直江の目のふち、頬骨の上、顎、唇の下…。
顔が静かに近づいてくる。
瞳は閉じずに――包帯の巻かれた左目は仕方ないけれど――重ねられた唇の感触を受けとめる。
少し荒れて…割れている。血の匂いがする。
少しずつ力がかけられてきて、無音のまま語りかけるように唇が動いて、閉じている歯列を開かせようとする。
応えてしまいたかった。
こんなに必死で、一瞬一瞬を心に受けとめていても――応えてはいけないのだ。

このひとを感じたい。
ずっとそう思っていた。
今、やっと胸の何もかもをさらして、心がともにあることを信じられたのに。

応えることはできない。

唇が力をなくし、ゆっくりと離れた。
瞳の中に悲しい色が浮かんで離れていく。

どうしろというんだ。こんな毒のめぐる身体、
何もかもが…見つめることでさえ、あなたを害する身体。

もう何も――
この血肉で伝えることはできないのだ。

不意に抱きすくめられた。
くやしいけど、本当に自分の身体は彼よりひと回り小さいな…。
切り離した脳の中の声。
熱く強い腕と胸に包まれて――ただ身をあずけている。
応えられないから。

腕はますます強くなり、このまま、つぶされてしまうかな…と、他人事のように頭の中で呟いている。
身体が震えた。
いや、震えているのは自分じゃない。
自分を包む強い生命に満ちたもう一つの身体が震えている。
嗚咽に震えている。
左肩が熱い――、熱く濡れている。

「泣かないで…」
かすれて、ひっかかってやっと出た言葉。
「泣かないでください」
応えてはいけないんだけど――
ぎしぎしと腕が上がって、彼の背にたどりつく。

でも、このひとは泣いている。

息がつかえるなあ…と頭のどこかで思いながら、そっと彼の背を撫でる。

「……泣かないで……」





腕の中の身体、細くなってしまった身体。
応えられないと結んだ唇。
彼が正しい。
求める自分が間違いだ。
わかっているのに。

優しいかすれた慰めの言葉。
それがとだえて、背を抱いてくれた腕がすべり落ちてやっと気づいた。

死なせてしまうところだった。

意識を失った白い顔の上に涙がぽたぽたと落ちたが、少年は、眉ひとつ動かさなかった。
うすく開いた唇に手をかざし、胸が、 断たれていた空気を求めて動き出すのを、身体が溶けるような安堵で確かめた。

そっと額にかかる髪を上げてやり、楽な姿勢に、と脚をのばさせた。

――もう一度抱きしめたい。

  高耶は唇をかみしめ、そっと直江の胸に毛布を掛けた。

――そしてもう一度つぶしてしまうのか?

  苦い笑いのはしを、涙が流れ落ちる。

――苦しい。

  取り戻したいと願った末がこれか。

ベッドの脇にひざまつき、ついた両肘の上にうなだれた頭を預け、高耶はうめいた。

――オレはもう何も願わない。
  何も望まない。
  ただ彼の笑顔――そのほかには何も。




おセンチ全開





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