衣を織るのが彼の仕事だった。 目にも絢な微細な文様、涼やかでいながらふわりと肌に馴染む手触り。 彼の手に成る極上の衣は、衣装にうるさい女官たちにたいそうもてはやされ天帝の耳にも届くほどだったけれど、その評判に彼が頓着することはなかった。 衣を織るのが、ただ楽しかったのだ。 無心に、心の赴くままに。 誰よりも細くしなやかな糸を紡ぎ、その糸でもって精緻な模様を織りなしていく。 それが彼の言葉であり遊びであり生きる意味のすべてだった。 織り子たちに性差はない。皆一様に房が与えられ、そこで糸を紡いで暮す。 その性質が千差万別であるように、彼らの紡ぐ糸もまた彼ら一人だけのもの。 織り子と同じだけの色と風合いがあり、その心の揺らぎによって微妙に色合いが変わっていく。 けれど。 彼の衣は白いままだった。 雪のように。雲のように。或いは生まれたての海鳥の雛の、その身を覆う産毛のように。 それを物足りなく思う向きもないではなかった。この見事な綾文様に色彩が施されればいかばかりの美しさかと。 が、職務一徹、御前に呼ばれた織職の司は頑として首を振った。 あの白こそはどんな色より貴重な白。 世間を知らず、人と交じらず、 無垢であるがゆえの白さだと。 色を求めるのは角を矯めて牛を殺すようなもの、色糸を紡ぐ役目は他に任せておけばよろしいと淡々と語るのに、座はしんと静まった。 織り子を束ねる老練な司の言葉は有無を言わせぬ万鈞の重み。 居合わせた者は皆、惜しみながらも納得したようだった。 納得せぬ者も中にはいた。 出自を誇り、才知に長け、己の傲慢さに自覚のない公達が。 生意気盛りの公達は、ただ年長者の鼻を明かしたい一心で、朴訥な若者に姿を変えこの天界随一の織り手に近づき遊戯を仕掛けた。 巧みな出逢い、細やかな心遣い、甘い囁き、重ねられる逢瀬。 明確な意図をもって弄される手管に、可哀想に、人擦れしていない彼はひとたまりもなかった。 そうして彼の心を捉え、高め、かき乱すだけ乱して、唐突に若者は姿を消した。 秘めごとを知った彼がやがて紡ぐであろう豊かな色彩を思い描いて。密かにほくそ笑みながら。 新しい衣が仕上がることはついになかった。 食べず、眠らず、御しかねる狂乱と膨れ上がった悲嘆とが彼を殺した。 悼みが、漣のように広がって房を包んだ。 小さく縮んでしまった彼の亡骸に、同胞たちは、それぞれ己の糸を差しかけた。 幾重にも色の重なるその死衣は、皮肉にも、理不尽に周囲が彼に望んだような儚い虹の輝きを持っていた。 彼が幸福でいられるように。 無心に、心の赴くまま過ごせるように。 何者にも損なわれることなく無垢な白さを保てるように。 天界の傲慢が殺してしまった彼の亡骸を、天帝は小さな蟲の姿に変えて下界に送った。 彼の末裔たちが生み出す、細くしなやかな美しい糸。 けれど名手の手に掛かるとき、その糸で織られた羽衣は、時折、ひらひらと天に昇るという。 己を弄んだ不実な情人をいまだ恋うてでもいるように。 |