「―――此処には、そんな言い伝えがあるそうですよ」 美しい布地を両手に広げ、直江は、その生成りの糸で織られたショールをふわりと高耶に纏わせた。 「ああ、思ったとおりだ。よく似合う」 この地方でしか産しない天蚕をつかったこの織物は、薄く、軽くて、暖かい。 淡雪のような白が高耶の黒髪によく映えて、直江は笑みを深くする。 「あなたが羽織ると、本当に羽衣のようですね」 「………」 重ねられる賛辞はいつものこと。けれどいまだにそれに慣れきることのできない高耶は、頬に血の色を上らせ、視線を伏せた。 「……あ、ありがと」 こんな時に上手く言葉を紡げないのもいつものこと。 俯いたままの高耶を引き寄せて、直江はそっと囁く。 「治ったからと油断しないで。私が戻るまで、大事にしていてくださいね」 「……うん。直江も。気をつけて……」 あとは自然に唇が重なる。 病み上がりの身体を労わりながら、それでも互いに欲しい気持ちのままに。 旅先で高耶が体調を崩したのは秋の半ばだった。 愚痴ひとつ零さなかったけれど、長らく籠の鳥でいた身に流浪の暮らしはきつすぎたのかもしれない。 思い至らなかった迂闊を責めつつ、まずは旅籠に逗留して養生に専念した。 さいわい半月ほどで彼は回復したものの、これから冬に向かって厳しさを増す旅に高耶を伴うわけにはいかない。そして直江には請け負っていた随行の期限が迫っていた。 当然のように直江は放棄しようとし、高耶はその履行を強く迫った。 本調子じゃないあなたをひとり残して行けるわけないじゃないですかっ!と、語気荒げる直江に、 行けよ、と。 オレなら大丈夫だから、と。 透明な笑みを浮かべ、ゆるぎない視線で。 こんなふうに見つめられたら、もう直江に勝ち目はない。 「あなたのことが心配でたまらないんです…」 縋るようになおも言い募る直江に、高耶はふっと目元を緩ませた。するりと近づいてその腰に手を回す。 「大丈夫。何かあったらお前の処に飛んでいくから。だから絶対心配ない」 単なる比喩でなく高耶には本当にそうするだけの力がある。 微笑んで見上げてくるその貌には、そんな自信と信頼と慈しみが溢れていて。 だから、安心して行ってこい、と。 もう一度諭すように告げられて仕方なしに頷いたのが、三日前のこと。 慌しく準備を済ませいよいよ明日は出発という宵に、直江はささやかな贈り物を差し出したのだった。 直江が戻るのは一月後。 ショールにふわりと包まれる軽くやわらかな感触は、少しだけ男の掌のそれと似ている気がした。 |