羽衣
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この地で見出したふたつめの龍珠。
手がかりのないひとつめとは違って、思いがけなく託されたこちらの珠の由来は容易く想像がついた。 物思いに沈んでいた高耶が、やがてぽつりと口にする。
「……山の祠に隠されていたんだろうな……」
数世代前の龍王が珠を遺したその時に。 天蚕にまつわる神代の伝承と信仰が息づいていた此処の地は、彼の思惑に打ってつけの場所だったろう。
山中に色濃く漂う神代の名残や詣でる娘たちの願いを汲みあげて、 祠に安置された珠はゆっくり精気を蓄える。 そうしていつしか珠は伝説と同化して織り子の依代となったのだ。
「あそこでうたた寝しながらいろんな夢を見てた……あの時はおばあさんの声がそのまま夢のカタチを取ったんだって思ってた。 でも、そうじゃなかったら。珠自身の記憶や願いが流れ込んできてたんだったら……」
とりもなおさずそれは言い伝えで語られる織り子自身の記憶や願い。 懐かしいような夢の風景や味わった感情を、高耶は鮮明に思い出す。
彼が望んでいたのは、ただ織ること。そして初めて知った恋の成就だった。
幾星霜の時を経てもその念だけは変わらず大地に溶け込み木々に宿って、再び珠に凝っていったのだろう。
だとしたら、若かりし頃の媼の手に渡ったのも偶然ではなかったのかもしれない。
嘗て上達を願った娘はその才を伸ばし名手と称えられるまでになり、やがて相愛の恋人と結ばれてしあわせに暮らしたのだから。
彼女の元で二つながらに願いを叶え、そして彼女の連れあいの死とともに暫しの眠りについたのだ。
そこに高耶が現れた。
知らず奏でた琵琶は、珠の力を呼び起こす。織り子の願いとともに。
だからこそ媼は往年の腕の冴えを取り戻し、そして―――
ふとひとつの可能性に思い当たって、ふいに高耶は口ごもった。
「……離れていた間、何度も直江の夢を見た。………オレはずっと夢だと思ってたんだけど。 でも、ひょっとしてあれは………」
おそるおそる傍らの男の顔を窺えば、ひどく複雑な微笑を浮かべていて。
「やっぱり自覚してはいなかったんですね……。あんなに足繁く通ってくださったのに」
「うわあ」
ため息まじりの肯定を返されて、高耶はその場に蹲ってしまった。
夢だと思っていた直江との逢瀬。 願望が夢になって表れたのだとばかり思っていたあれが、 実は現実だったなんて。
自分から仕掛けたあれやこれまでが一気に蘇ってきて、恥ずかしさのあまりまともに直江の顔を見られない。
そんな反応までも予期していたように、直江はひとまず高耶を立たせ自分の腕の中に囲い込んだ。
「私はとても嬉しかった。もちろん最初はあなたの身に何事が起きたのかと驚きもしたけれど、でも、遠く離れているはずのあなたを目にして 触れられて抱きしめることが叶って本当にしあわせだった」
俯く高耶の耳朶に吹き込んだのは、蕩けるような睦言の数々。
「ようやくあなたの傍に戻ってきて、なのにあなたはちっとも通った素振りなんか見せなくて。夢だと思われているならそれでもいいかと思った。 夢でも現でもあなたが私を欲しがってくれたことに代わりはないから。でも、激しく消耗するはずの跳躍を病み上がりのあなたが何故何度も繰り返せたのか、 それが不思議といえば不思議でしたけど……」
羽衣だったんですね、と。
万感の思いを込めた囁きに、思わず高耶は視線を上げた。
「言い伝えの結びの部分……。覚えているでしょう?私はてっきり薄物の見事な出来映えを誉めそやす比喩だとばかり思っていたけれど。 彼は本当に恋しい人の処に飛んで行きたかった。その想いが同調してあなたに力を与えてくれたんじゃないでしょうか……」
「………」
見上げる先には、愛しい男とその喉元を飾る石。
もし、本当にそうだったなら……。
そろそろと手を伸ばしてマントに留められたブローチに触れる。すぐに直江の手も重なって、じわりとした温みが全身に広がった。
「ね?彼も悦んでいてくれてる……そんな気がしませんか?」
「うん……」
感じる温みは珠の波動なのかそれとも男の鼓動なのだろうか。 とくとく脈打つようなその響きをもっと感じていたくて、高耶は顔をすり寄せる。
「直江……」
しばらくそうしていた高耶が吐息にのせて名を呼んだ。
「ずっと一緒に生きていこうな……」
それは今さら口にするまでもない二人の必然だけど。 こうして彼の側から言霊にしてくれるのは、滅多にない格別のこと。
「はい……」
直江もまた重々しく頷いて、誓うように厳かに高耶の額に口づけた。


そんな曰くつきの珠では自分の手には扱いかねると、仔細を聞いた譲が早々に所有を放棄したのは、 ふたつの龍珠を無事に届けたその直後。
まだ馬に蹴られて死にたくはないからねと改めて下賜されたそのブローチは、今も恋人たちの元で安らいでいる。




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キリキリしながらなんとか着地
長々お付き合いくださいましてありがとうございました<(__)>
さて、これから急いで編集だっ!!






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