羽衣
-11-




楽しい時間はたちまち過ぎる。名残は尽きないけれどそれでもそろそろ終わりにしなければならない。
また近くに来ることがあったら必ず立ち寄るからと約束して、高耶は媼に暇を告げる。
その媼からもらったショールをふわりと肩口に羽織ったその時、媼は何かを思い出したように声をあげた。
高耶同様直江にももらってほしいものがあるという。
私に?
怪訝そうな顔をする直江に小さな箱を差し出して、男物のブローチなんですよ、と媼は笑いかけた。
マントを留めるような実用的な品で、 亡き連れあいの手作りだという。 そんな大事なものをとますます困惑を深める直江に、媼はなおも微笑んだ。
大切なものだからこそ託したい。自分の織ったショールを纏う高耶の傍には一対の絵のようにいつもこのブローチを身に帯びた直江の姿がある。 この先そう思って暮らしていける方がただ仕舞いこんでおくよりもずっとずっと嬉しいのだと。
そこまで言われては固辞する訳にもいかない。
恭しく受け取って箱の蓋を開ける。媼の望み通りその場で身につけようとしたのだが、その手が突然止まった。
「?」
不審に思って直江の手元を覗き込んだ高耶も息を呑む。
箱の中にしまわれていた大振りのブローチ。無骨な作りの台座にはめ込まれていた飾りの石に、ふたりの視線は釘付けになった。
高耶のシャツの下に隠されている珠によく似た、ふたつめの龍珠だった。


もう暇を告げるどころではない。
媼に対して所々端折りながらも、直江と高耶は、世界中に散らばったこの手の石を探して旅を続けているのだと正直に打ち明けた。 故人が何処でこの石を手に入れたのか、もし知っていたら教えてほしいと。
最初は目を丸くして話に聞き入っていた媼だが、すでに魔力に等しい高耶の琵琶の音を知っているだけにこちらが思うよりずっと早く事情を飲み込んでくれた。
その媼が申し訳なさそうに言う。
もちろんお教えするがあまり役には立たないと思う。なぜならその石は、もう五十年も昔に自分が山で拾ったものだから、と。
「おばあさんが?」
思わず問い返した高耶に媼が頷く。
娘の頃にお参りをした帰り、道端にきらりと光るものが目に入って拾い上げたのがその石だったのだと。
「お参りって、あの、天蚕を祀った山の中の祠?織物の上達を願うという?」
そうそう、と、 懐かしそうに媼の目が細められた。
あの頃、山中の祠へのお参りは大事な儀式であると同時に娘たちの気晴らしでもあった。 そこでたまたま拾った綺麗な石を彼女は御守として大切に扱い、数年して恋仲になった若者との婚約が整ったときに、結納の返礼としてその恋人に贈ったのだ。
「それがおじいさん……亡くなったご主人なんですね」
黙って微笑む媼の表情がまるで少女のよう。
恋人から贈られたその石を、若者は常に身につけていらるようブローチに細工して愛用したのだ。おそらくは一生の間。
そこまで愛情と想い出の詰まった品を本当に手放してしまってかまわないのか。
高耶は改めて真剣に媼に問うた。
答えは、是。媼もまた同じ眼差しで高耶を見つめる。
皇帝に献上できるほどの織りの技が自分の誇りであり、そんな自分をあの人は誇りにしてくれた。 だから、自分が織り続ける限り想いはともに在る。あの人の魂に寄り添っていられる。 そんなふうに考えられるようになったのも再び機に向かえるおかげ、引いては高耶のおかげなのだ。
その高耶の望みなら、長らく自分たちの下に留まっていたこの石をどうか本来の場所に戻してほしい。 それが自分たちの感謝の気持ちだと。
凛とした声に、高耶は深く頭を垂れた。
押し戴くようにブローチを受け取って、高耶の手で直接直江のマントを留める。
長いこと箱の中で眠っていた石が、この時きらりと輝いて見えた。





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あと一息(笑)







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