庭からみた家の様子は何も変っていなかった。 子どもの頃は散々馴染んでいた場所だ。習い性みたいに勝手に身体が動いて、縁側から座敷にあがりこみ大の字に寝転がる。 目に飛び込んできた天井の木目模様が懐かしかった。 吹き抜ける風。青々とした畳の匂い。 大きく息を吸って、吐いて。 帰ってきたんだ。 そんな感慨に浸っていると、やがて微かな人の気配。目を閉じた高耶の頭のあたりでじっと佇んでいる。 「………来る早々行儀の悪いとか、思ってる?」 視線がどうにもむずがゆくて声を掛けると、飲み物を運んできたらしい直江は困ったように微笑んだ。 「行儀が悪いとは言いませんが………無防備だとは思いますね。怖くないの?」 「なんで?」 きょとんとして返す高耶に、直江の微苦笑が深くなる。すっと腰を落とし手にしていた盆を置いて、高耶に向き直った。 「私が人間ではないことに気づいているんでしょう?あなたを喰らうつもりでいるかもしれないのに」 ほらこんなふうに、と、上から圧し掛かられ両手を絡め取られて、起こしかけた身体を再び畳に縫いとめられた。 そんなふうに自由を封じられた体勢になっても、まだ怖いとは思わなかった。 息が掛かるほど近くに直江の貌。 額に落ちかかる薄茶の髪、透き通った鳶色の瞳。記憶にある通りの。 やっぱり、綺麗だ。思わず見惚れてしまうぐらい。 その端正な貌がさらに距離を詰めてくる。見る見る視界ががぼやけていくのに耐えられずに目を瞑った。 温かくてやわらかな感触は、そのすぐ後に降ってきた。 顔中にキスを落とされる。 それがちっとも嫌じゃない。 くすぐったくてこそばゆくて、でも気持ちよくて。 「ん、ふっ……」 逃がそうとした息がやけに艶っぽく耳に響いてどきんと心臓が高鳴った。 こっそり薄目をあけて直江を窺うと、 待ち構えていたようににっこり微笑まれて、今度は身体がかっと熱くなる。 「あ、あ、あのっ!真昼間からこんなコトするのって、まずくね?」 「こんなコトって?」 真っ赤になって急にじたばた暴れだした高耶をなんなくいなし、キスを続けながら直江が返す。 「だからっ!まだこんなに明るいし、開けっ放しだし!外から丸見えだろっ?!そんなとこで、こんなっ……」 「誰かに見られるかもしれないのが、イヤ?」 言葉にするのが恥ずかしくて一瞬口ごもったその先は、さらりと直江が引き取ってくれた。 言い難かった心情を上手く言い当ててくれて、ほっとしたように高耶が頷く。 けれど。 「よかった。じゃ、私とこうするのがイヤなわけじゃないんですね」 そう括られて、また一気に血が上った。 もうまともに顔を見られなくてわたわた視線を泳がせる。と、 「高耶さん…?」 名を呼ばれた。 このうえなくあまく優しい響きで、覚悟を決めろと、そう唆すように。 それだけで、身体の奥がじんと痺れた。 おずおずと目を上げれば、昔のままの綺麗な鳶色の瞳が凝と見下ろしている。でも、そこに小さく映りこんでいる自分の影はもう子どもの姿じゃない。 当たり前だ。十年も経ったんだから。 こうして覆いかぶさる大きな身体も、高耶の手に絡めている長い指も。 直江に触れられるのは初めてじゃない。子どもの頃はいっぱい抱き上げたり撫でたりしてもらった。 そうしてかまってもらえるのがすごく嬉しかった。 でも、今はもうそれだけじゃないんだな。此処に帰ってきたのはそれをきちんと伝えるためだ。 「……直江が、好き」 自分の気持ちを言霊に載せる。 ふわりと、花のように直江が笑った。 「私もです」 その後に降ってきた口づけは、もう優しいだけではすまなくて。 明るいとか恥ずかしいとか高耶の瑣末な不満を、一気に押し流していった。 |