気がつけば、日はとっぷりと暮れていた。 部屋の隅に置かれた行灯が、淡い光を投げかけている。 風が頬を撫でていく。その風は、ひんやりと湿りを帯びて、少し冷たい。 昼間と同じ開け放たれた座敷で、庭から直接流れ込んでくる夜の大気。 それが心地よいと感じられるのは、今の高耶が素肌でなく単をまとい、夏敷に横たえた身体の上にさらに薄掛を羽織っている所為だろう。 だるくて力が入らない。 高耶はひとつため息をついて、もう一度目を瞑った。 正気でいられたのはほんのわずかの時間だった。 気後れや羞恥なんてものは瞬く間に吹き飛んで、ただただ次々襲ってくる快楽の大波に翻弄されるだけだった。 直江がくれるものなら、なんでもよかった。 直江になら、なんでも差し出したのに。 でも。 それならば、なぜ自分は今こうして息をしていられるのだろう? 「あなたを喰らうとして、まさかこの私が、骨ごとバリバリあなたの血肉を貪るとでも思っていたんですか。野蛮な昔話じゃあるまいし」 頭の中を読んだように、呆れた声が降ってくる。いつの間に入ったものか、直江の気配が傍にあった。 「だって……」 喰らうって、言ったじゃないか。自分がヒトではないことも認めたうえで。 だったら、普通そういうもんだろ? 生贄っていうか神饌っていうか、カミサマには大抵そういう血腥い儀式が付き物だろ? だから情けを掛けてくれたと思ったんだ。最後に最高に気持ちいい思いをさせてくれて、それから息の根を止めるのだろうと。 なのに。 命をくれてやる気でいたその当人に、今、高耶は甲斐甲斐しく世話を焼かれている。 横たわった姿勢からそっと上体を起こされ支えられて、慎重に手渡された湯飲みには人肌に冷ました香ばしい薬草茶が入っていた。 一息に飲み干すと、香気とともにその滋味が身体の隅々にまで行き渡る思いがした。 思わず、ほおっと息を吐く。 お代わりは?と訊かれて、要らないと首を振る。 なにもかも心得たような手が高耶から湯のみを受け取って盆に返し、それから同じ手に緩く抱きこまれる。 そんな仕草に誘われて、高耶は素直に直江に身体を預けた。 すぐさま伸びて髪を撫でる掌。子どもの頃と同じように優しい、慈しまれるその感触。 本当に気持ちいい。ついさっき目を覚ましたばかりだというのに、またとろとろと眠くなる。 いけないいけない。まだ、肝心なことを訊いていないのに。 それなのに。 「おやすみなさい」 唆すように直江が囁く。とてもあまやかな声音で。 「十年ぶりに逢ったあなたはすばらしく素敵に育っていて。私も歯止めがきかなかった。 だから、今は、もう少し休んで。大丈夫、時間はたっぷりあるんですから……」 やっぱり子どもの頃のまま、絶対の安心感を与えてくれる真摯で誠実な口調。 そうかな? ……そうだよな。直江がそう言うんなら、きっとその通りなんだ。 そっと目線を上げてみた。 耳に心地よい声音そのまま、優しく微笑む貌が高耶を見つめていて、高耶もつられるように微笑ってみせる。 直江の言う通りだ。あれこれ訊くのは後でいい。 今はこのまま眠ってしまおう………。 そうして目をとじて、ふわりと意識を手放した。 |