此処の台所もすでに高耶にとっては勝手知ったる場所だ。持参の荷物を運び込み、冷蔵庫を開ける了解をもらうとすぐにてきぱき動き始め、直江が入るすきはない。 手持ち無沙汰を見かねてか先に風呂でもと勧められて、ありがたく従わせてもらった。 そうして汗を流しこざっぱりとしてきた二十分足らずの間に、テーブルには幾つもの器が並んでいて、二度、直江を驚かせた。 「ビール飲む?おまえんちのだけど」 すかさず声を掛けられて、あ、はい、と、間の抜けた返事をする。 自分の方が招かれた客のよう。落ち着かない気分で定位置に腰を下ろす。 すぐに高耶がビールの缶とグラスとを持って床に座り込んだ。 「まずは、お仕事お疲れさん。んで、カンパイ」 チンとグラスをあわせて涼やかな音を響かせ、そのまま高耶は自分のグラスを一気に呷る。 ぷはーと息を吐きながら、 「やっぱり相手がいると旨いよな〜」 そう同意を求められて、慌てて視線を見惚れていた彼の喉元から引き剥がした。 「それにしても、すごいですね……」 得たりとばかりに高耶が瞳輝かせた。 「な、すごいだろ?ナス尽くし。オレも今まで知らなかったんだけど、この時期、畑のナスってうっかり朝に採り残しちゃうと 夕方には五割増しに育ってんだって。 直江んとこ行くっていったら、少し手伝ってくれって山のように貰っちゃってさ。で、いろいろ頑張ってみた」 微妙に掛け違っていた会話が落ち着くところに落ち着いて、直江は改めてテーブルを見渡す。 煮物におひたし、田楽、炒め物。グラタン。ペースト状になったもの。様々に調理され形を変えたナスが並んでいる。冷たいものは冷たく、熱いものは熱々のままで。 「よくこんな短い時間で……」 「まあ、下ごしらえはアパートでしてきたから。それに此処のコンロ、高火力で三つ口だし。あ、今、バゲットを焼いてる。それが上がったらおしまいな」 言う間に電子音が聞こえてきて、高耶は軽やかに立ち上がった。 にんにくの香ばしい匂いが漂ってきて、程なくパン籠を手に戻ってくる。 「これ、ワヒコの母さんに教えてもらった焼きナスのペースト。……ほれ」 トーストした一切れに山盛りに載せて差し出してくれる。かぶりついて、その食感に目を瞠った。 言葉にするより先に、表情で解ったのだろう。 「な、旨いだろ?」 得意げに高耶が言うのに、ただこくこく頷いた。 「んじゃ、改めて、乾杯」 もう一度チンとグラスを触れ合わせる。 それから高耶があれこれ説明してくれるのを聞きながら、順に箸をつけていった。 隣の家からは野菜だけでなく、地元独特の調理法やちょっとしたコツまで伝授してもらったらしい。 どれもみな、すばらしく美味しかった。素材が新鮮なのはもちろんのこと、なにより自分のために作ってくれた彼の気持ちが嬉しかったから。 「夢みたいだ……」 思わず漏れでた本音に、それまで自分もせっせと箸を動かしていた高耶が、ん?と顔を上げる。 こいついったいナニ言ってんだろ?と言いたげに見つめてくる、小首傾げた表情に、また見惚れた。 なんとか心情を伝えようと、言葉を探す。 「……あなたが、今、此処にこうしていてくれることが。夢みたいに嬉しいです」 ふっと彼が微笑った。 「オレは。夢じゃなくて、嬉しいけど」 潜めた声で睦言みたいに囁かれた。 と、突然彼が首を伸ばし、その顔が大写しに近づいた。 唇が触れ合ったのは、一瞬。そうと気づいたときにはすでに高耶は身を引いていて。 固まってしまった直江に駄目押しとばかりに囁いた。 「ま、ファーストキスじゃないけどな。くれてやったんだからいつまでも夢にしとくな」 上気した頬で。拗ねたような口ぶりで。 「直江が好きだ」 そうはっきり口にした彼に、そろそろと腕を伸ばす。肩口に触れ背中に回し、頬を包みこんでも、彼は視線を逸らさない。真っ直ぐに見つめてくる。 ああ、では力いっぱい抱きしめてもいいのだ。彼は逃げたりしない。 「あなたが好きです。大好きです。……愛しているんです」 震える声で告げて、ようやく直江は愛しい人をその腕の中に閉じ込めた。 |