怒涛のような一週間だった。 盆休みが私用で忙しないのはいつものこと、そして、休み明けの職場がもっと忙しなくなるのも毎年のこと。 それに加えて今年は少々の無茶をした。 が、その無茶は結果的に直江にたいそうな幸福をもたらした。 あの日以来、日に何度か高耶から送られてくる短いメール。 気遣いであったり、確認であったり、時には向こうの様子を端的に知らせてくれる言葉たちがどんなに直江を有頂天にさせるのか、 彼はきっと気づいていない。 挨拶代わりみたいな何気ない一言一言が、どれほど励みになり規範になっているのかも。 そんなふうに彼から英気を貰って過ごしていた週の半ば、残業を終えて帰り着いたマンション前。 「お帰り。今日もお疲れさま」 暗がりから気軽に掛けられた声に飛び上がった。 「高耶さんっ?!」 ついさっきもメールのやり取りをしたばかり、遠く離れているはずの想い人が、目の前で悪戯っ子のように微笑んでいる。 「なぜ、此処に……?」 暫し呆然とした後で思わず声にしてしまった疑問に、律義に高耶が応える。 「野菜、貰っちゃってさ。一人で余らせるのももったいないし、直江にも食べさせたいな〜〜って」 言いながらこれみよがしに持ち上げてみせたのは、大きめの保冷バックとスーパーのレジ袋。 「台所、貸してくんない?」 にっこり笑うその笑顔に魅入られた。 木偶みたいにこくこく頷いて、彼を先導し中に入る。ふわふわと雲の上を歩く心持ちで エントランスを通り抜けエレベーターに乗るうちに、ようやく少しばかり冷静になれた。 「いったいどれぐらい待っていたんです?一言知らせてくれればよかったのに……」 外で待たせていたなんて大失態だ。来訪すると教えてくれさえすればもっと早く帰ったのにと、つい、怨み節が口を衝く。 対する高耶はあっけらかんとしたものだ。 「まあ20分ぐらい?残業あるのは解ってたからオレもゆっくり出てきしたし。これぐらいなら待ったうちにはいんないし。 そもそも、直江だってこないだは連絡ナシのいきなりだったじゃん」 それを言われては一言もない。 「それに、ヘタに行くって伝えたら、絶対、無理やりにでも仕事切り上げそうな気がしたし。……忙しいのは解ってんだから余計な邪魔はしたくなかったんだよ」 と、見事に行動を見透かされてしまった。 そんな彼の気遣いはとてもとてもありがたいが、それで待たせてしまった自責の念が消えるわけでもなく。 「ならばせめて部屋の鍵を受け取ってくださいませんか。それなら私が留守でも外で待たずに中に入れるでしょう?」 思わず、口走ってしまった。 言いながら、いささか先走ったかと思わないでもなかった。けれど、とまらなかった。 言外に含ませた意味に彼は気づくだろうか。告白として受け入れてくれるだろうか。 祈るような思いでいる直江に、 「鍵かあ。もらっとくのも悪くないかも。おまえの留守中にあがりこんでいいなら、時間に余裕ができるもんな。助かる」 そう、さらりと高耶は言った。 「軽めの夜食とか、ビールの肴とか、用意しとくな?」 まるでおさんどん以外の他意はないとばかりの眩しいような笑みと一緒に。 どきどきしながら大切に掌に囲おうとした小鳥が指の隙間からするりと逃げてしまったよう。少し残念で、でも少しほっとするような――― 直江はそっと苦笑を隠す。 そうこうするうちに自宅のドアが見えてきた。 それでもこの人はおそらくは自分の身を案じて、こうしてわざわざ訪ねてくれたのだ。 まずは彼が与えてくれたこの夢のような時間を楽しまなければと、気持ちを切り替えた直江だった。 |