only dreaming
-13-
直江さんの特技




なんだかとてもいい匂いで目が覚めた……気がした。
あまくて香ばしくてどこか懐かしい、しあわせな記憶に繋がる匂い。
えーと。これはいったいなんだったっけ?
知っているはずなのになかなか思い出せなくて、 夢うつつのまま、ベッドの上でしばらくぼーっとしていた。
此処は男の寝室。馴染んだ自分の部屋でも実家でもないのだから、そもそも懐かしい匂いなんてするはずもないのに。
それでも、幻覚は消えなくて、高耶はそろそろと身体を起こす。
ドアは少し開いていて、もしかしたら、そこから何か匂ってくるのだろうか。
いかにもいかにもな自分の格好に一人赤面しながら、出来る限りの身仕舞いを整え、そっと廊下に忍び出る。
と、開け放しのダイニングの奥から、今度は確かに人の気配がした。
抜き足差し足で近づいて、こっそり中を覗き見る。
いや、覗き見るまでもなく、ふんわりとしたあたたかな匂いの元は確かに此処からで、
まさしく皿を運ぼうとしていた直江と目が合ってしまった。
一瞬驚いた顔がすぐに笑顔に変わる。
「おはよう。高耶さん。今朝は一人で起きられましたね。朝ごはん、出来てますよ。
よかったら先にシャワーを浴びてらっしゃい。着替えは脱衣所に用意しておきますから」
「う、うん…ありがと」
そのまま、くるりと回れ右。言われたとおりに浴室へ向かう。
直江が朝ごはん?作ってくれたの?ていうか、作れるのか?あいつが??
頭の中をハテナマークでいっぱいにして。

二十分後、こざっぱりとした高耶は直江と差し向かいの食卓についていた。
目の前にはほかほかのご飯に味噌汁、卵焼きと、オカラ炒りや浅漬けの小鉢といった、 絵に描いたような和定食が並んでいる。
「昨日は一日洋食系が続いたので、今朝はご飯のほうがいいかな?と思って。さあ、どうぞ召し上がれ」
「……いただきます」
手を合わせて、まず汁物を一口。うん、美味しい。続いてご飯も一口。白飯サイコー!
そして綺麗に巻かれた出し巻き卵をパクリと食べて、目を瞠った。
「ウマッ!何これ、すっごい美味しい!」
高耶の嘆声に、直江の顔もぱっと輝いた。
「ああ、よかった。お口にあったのならなによりです」
「これ、直江が巻いたの?ほんとに?なんかプロ並みの見た目と味なんだけど」
「昔、母から手伝いがてらに簡単な料理のイロハは仕込まれましてね。ずいぶん久しぶりだったんですが。 やはり子どもの頃に覚えたものは、忘れないものですね」
しみじみ言って、直江も一切れ口にする。
咀嚼しながら無意識に頷くのはきっと本人も納得の味がだせたのだろう。
「白状すると、卵焼き以外は下のコンビニで調達した出来合い品なんですが。 せめて一品手作りしたくて……で、思い出したのが卵焼きというわけです。どうぞたくさん食べてくださいね」
「うん!」
大事にされているなあ、と、高耶は思う。
卵焼きのあまい匂いで目が覚めるなんて、いったい何時以来だろう??
そして直江は謙遜したけれど、手作りの卵焼きはもちろんのこと、買ってきたという他の惣菜だって無粋なパックのままじゃなく わざわざ器に盛り付け直しているのだ。食べる側としてはかなり贅沢な気分だった。
(朝から、すっごいいい思いさせてもらった)
すべての品をたいらげて、満ち足りた気分でごちそうさまと箸を置いた。
「ところで、今後の予定なんですが……」
「あ、はい」
湯飲みを渡してくれながら言いさした直江の口調が少し改まったものになって、高耶も自然と居住いを正す。
そんな高耶を、直江はいとおしそうに見つめるだけだ。
「一昨日の夜、あなたを攫うようにして此処に連れ込んでしまったわけだけれど。このまま、此処で私と暮すことに異存はありませんか?」
何を今さら。決定権はおまえが握っているんだろ?
「直江がそうしろというなら、そうするだけだけど?」
憮然として返すと、直江は困ったように眉尻さげた。
「命じるんじゃなくて、お願いしたいんです。どうか私と暮してください。 そりゃ夜のあなたはとても素敵ですけれど、それだけじゃなくて、 今みたいに一緒にご飯食べて笑いあえるようなそんな幸せも私に与えてほしいんです」
なんとも大袈裟でまわりくどい物言いだ。
でも直江の言い分も解らなくもない。現に、たった今まで、自分はすごく幸せな気分でいたのだから。 直江が望むのも、そんなことなのかもしれない。
要は、ここに引っ越すってことだよな?
考えていて、はたと思い当たった。自分のアパート!なにもかもがそのままだ。あれはどうすればいい?
固唾を呑んで高耶の答を待つ直江におそるおそると問い掛ける。
「此処に住むのは構わないんだけど……でもオレのアパート……」
その一言で、直江は高耶の憂慮を察したらしい。打てば響くように返事が返る。
「もちろん当面そのままで構いませんよ。いずれいよいよあなたの覚悟が決まったときにまた一緒に考えましょう。 それまでの費用は私が支払いますから」
眩暈のするような太っ腹な申し出だけど、おかげで、ひとつ、心配事が片付いた。
「でも当座の着替えとか冷蔵庫の中とか、此処に住むならいろいろ持ってきたいものもあるし。一度整理しに戻っていい?」
けっして逃げるわけじゃないから。
そんな思いで伺うと、直江はまたしても高耶の予想の上をいった。
「もちろん。私が車を出せればいいんですが、今日はもう予定が詰まっているので……申し訳ない。 代りにタクシーを使ってください」
そうして過分な交通費まで渡されてしまった。
タクシーなんてもったいない。電車を乗り継ぐつもりでいるれけどそこはあえて黙っておく。
浮いたお金で、それこそ買い物行って夕飯を用意しようか。 たいしたものはできないけれど、たとえカレーだって、自分が作ったというだけで大喜びされそうな気がするから。
やることがいっぱいだ。 なんだかそれだけでうきうきしてきた。

「直江、時間大丈夫?後片付けはオレがするから、出掛ける支度すれば?」
てきぱきと動き始めた高耶の様子に目を細めながら、直江はまだ余裕があるからと落ち着き払った仕種でお茶を啜る。 本音は高耶と少しでも長く一緒にいたい。ただそれだけなのだけれど。

「それにしても、キレイに使ってんのな。シンクもレンジもピカピカだ」
茶碗を手際よく洗いながら感心する高耶に、
「週に一度、ハウスキーピングを頼んでいるんです。掃除やまとまった洗濯などを」
直江はさらりと応えた。
「そういえば、明日がその日ですね」とも。
ちょっと待て。
それを聞いて、スポンジ握った高耶の手がぴたりと止まる。そのままくるりと振り返った。
「それ、オレがやるからっ!!今からでもキャンセルできない?」
わざわざ人を頼むからには、シーツのような大物洗いも含まれているに違いない。
あんな汚れやこんなシミがついた寝具の始末を他人の手に委ねるなんて、どんな羞恥プレイより恥ずかしすぎる。
あまりの高耶の剣幕に、きょとんとしていた直江が譲歩してくれた。
「まあ、高耶さんがそうおっしゃるなら……。後で断りの連絡入れておきますが。本当に大丈夫?あなたの負担が増えすぎやしませんか?」
そんなことない。ぶんぶんと首を振って力いっぱい否定する。 むしろ暇つぶしができてちょうどいいぐらいだからと。
それを聞いた直江の貌がどんどん笑み崩れていく。
ああ、こいつ、きっと別な方向に勘違いしてるなとは思ったけれど、これ以上突っ込めばきっとヤブヘビ。 高耶はまたそ知らぬふりで食器洗いに戻り、新婚気分に浮かれている直江に無言の圧を掛けたのだった。




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…楽屋裏で卵焼きの話がでてきまして(笑)
直江さんはそつなく作るけど自分のためにはしないタイプという見立てに
ばばばっとこんな朝の風景が浮かびました(^^;)
こすげさん、ネタまでくださってありがとうね♪






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