はじめに


先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―笑顔の功罪 6―




思うに、彼は平等ということにひどく敏感にならざるを得なかったのだと、直江は、高耶の育ちを忖度してなんとも言えない気持ちになる。

両親のいない子どもが集まる場所で、世話をする人間が幾ら優しくとも、それは、無条件に独占できる肉親の情とは違うから。
接する先生はあくまで「みんな」の先生で、その笑顔も皆で共有すべきもの。
そんな不文律が高耶の中で培われ、無意識の規範だったしても不思議ではない。
むしろ彼の性格を考えれば、大いに在りそうなことだと思う。
だからこそ、衆目の中、自分が彼へとそそいだ好意が、やがては重荷になってしまったのだ。友達に気兼ねするという突拍子もない理由で。

こどもらしい一途さ、生真面目さだと笑い飛ばすのは簡単だけれど。
彼にそんな思いをさせていたことが情けなく、 言われるまでその心中に気づけなかった自分が腹立たしかった。
寄り添うだけでは足りない。きちんと言葉で伝えなければ。繰り返し、何度でも。高耶が納得するまで。彼のことが大好きなのだと。



「ねえ高耶さん。ひとつお願いを聞いてくれますか?」

高耶の嗚咽が収りかけた頃、直江はティッシュの箱を差し出しながら軽い調子で言い添えた。

「…おねがい?直江の?」

涙を拭い鼻をかんで、ようやく落ち着いたらしい高耶が、不安そうな瞳で見上げてくるのに微笑み返す。そして先ほどの高耶の台詞をなぞるように言葉を紡いだ。

「シスターがおっしゃっていたんでしょう?『人の気持ちを先に考えてあげなさい』って。 それなら、そこに私のこともまぜて欲しいんです」

「?…直江のことも?………あっ」

怪訝そうに言葉を反芻していた顔が見る見る赤く染まっていく。

「……ご、ごめんなさいっ!」

悲鳴のように声が裏返るのは、友達には気を回しても直江本人には斟酌していなかった自分の仕打ちにようやく思い至ったからだろう。

なんで?どうして?
なぜ、直江の気持ち今まで考えずにいられたんだろう?

そんな心の声が聞えるような表情を浮かべて反射的に尻ごむ高耶を、なだめるように背を撫でた。

「怒っているわけじゃないんですよ」

そう、怒っているのではない。嬉しかったのだ。
うろたえきった高耶の表情を読み思考をトレースしてたどり着く結論に、直江はこっそりほくそえむ。
神経質なほど他人の気持ちに敏い高耶の気配りから、なぜ、自分だけが抜け落ちたのか。
それはきっと、高耶が自分のことを彼自身と同体だと見なしていたからだ。
身内に対するように無意識に寄せられていた絶大な信頼。自分がなにより欲していたもの。
それが、すでにこうして高耶の中に在るのなら。
ただ言葉にして形を与えてやればいい。高耶自身が納得できるように。


「高耶さんはさっき、『嫌だった』って言いましたけど。 それは私だって同じなんです。
お友達じゃなくて高耶さんにだけ笑っていたい。 手を繋いだり、見送ったりしたい。
ねえ、高耶さん。私がこう思うなら、なにも無理して分けることはないんじゃないでしょうか。
そもそも人の気持ちは平等に分けられるものじゃない。みんなそれぞれに特別があって当たり前なんです。 お父さんやおかあさんみたいに、自分だけの特別な誰かが。私にとっては高耶さんがそうなんです。
……だから、自分の心を押えてまで人に分け与えようなんて思わないで」

直江の言葉を高耶は真剣に聞いている。やがて確認するように訊き返してきた。

「僕は…特別?」

「はい」

「本当のお兄さんじゃなくても?直江の特別に僕がなっていいの?」

「そうしてくれたら嬉しいです」

「本当に?」

「大好きですよ。高耶さんのことが」

ふわっと高耶が微笑んだ。初めて言葉を交わしたときと同じ、花のような笑顔だった。

「じゃ、僕とおんなじだ」

そう言って直江の顔をまじまじと覗きこむ。

「僕たち、リョウオモイだねっ!」

心底嬉しそうに告げるから直江が仰け反りそうになった。

「エミちゃんが、言ってた。一番好き同士ならリョウオモイでコイビトなんだって」

もちろん、そうなってくれたら願ったり叶ったりなのだけど。
天真爛漫、あどけない顔から察するに、その言葉の本当の意味を知るのはまだまだ先のことだろうと苦笑する。
それでもいい。
またこうして高耶が傍らにいて、自分を好いていてくれるなら。
それが何よりの希みなのだから。 とりあえず、今は。


考えるより先に手が動いて、気がつけば高耶の髪をかきあげ、そのおでこにキスしていた。
いささか度を越した衝動的なスキンシップに、高耶はくすぐったそうに身をよじり、もの問いたげに見つめてくるから

「コイビトになる約束です」

と、そう言って誤魔化した。内心、約束というよりは手付かもしれない、などと考えながら。

「じゃ、僕も!」

止めるまもなく高耶が伸び上がる。とたんに頬に感じた柔らかな感触に、心臓が跳ね上がった折も折り、廊下から二人の名を呼ぶ春枝の声がした。

「はーい」

硬直している直江をよそに高耶が身軽に立ち上がり、ドアを開けて両手の塞がった春枝を招き入れる。
ふわりと甘いにおいが漂った。
捧げ持った盆の上のおやつを見て高耶が目を輝かせる。

「うわあ!おいしそうだね!」

「高耶くんの桃と……それからフレンチトーストにしてみたの。義明、朝から何も食べてないのよ。……お相伴してあげてね」

高耶が吃驚して振り返った。

「ほんとに?ほんとうに朝から何も食べてないの?……おなかすいて死んじゃわない?」

八の字に寄った眉で心配そうに訊いてくるのに思わず笑いが零れた。

「……今なら食べられそうな気がします。一緒に食べてくださいね」



玉子に浸され、外はかりかり中はふわふわに焼かれたトーストは、ほんのりとバニラが香る優しい味がした。
別に添えられていた桃も瑞々しく甘みも充分で、お見舞いのだからと遠慮する高耶にかまわず、直江は皿に取り分けてやる。
一口食べた高耶は美味しいと微笑んで、つられるように直江もまた口元を綻ばせる。
そんな仲睦まじいふたりの様子を見届けて、やがて春枝はそっと席をはずしていった。


話したいことはお互いいっぱいあったはずなのに、おやつの後のおしゃべりは幾らも続かなかった。 お腹もふくれ、いつもよりよけいに歩いたせいで疲れたのだろう、立て続けに高耶はあくびをしはじめて、 それに気づいた直江が膝を貸すと、ことんと頭を載せて寝入ってしまったのだ。
安心しきったように自分にもたれて眠る高耶の髪を梳きながら、直江も暫し満ち足りた思いに浸る。 結局のところ、話しても話さなくても高耶とこうしてくっついていられる時間が自分にとって何よりの至福なのだ。



しばらく経って器を下げに来た春枝が眼にしたのは、まるで一幅の絵画のような、そんなふたりの姿だった。




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話の継ぎ目がよれてしまいました…。(ーー;)
ページを区切るときは最低次ので出し十行考えてないとダメだなあ、と反省中。
そして引き際も決めとかないとダメダメだと、今さらながらの猛省中(T_T)
後で訂正はいるかもです。ごめんなさい。

ちいさい高耶さん、まだ小出しにするぐらいのネタはあるのですが。急に大きくするのはやっぱりもったいないので(笑)
ここでいったん留めておきます。おつきあいくださって(わけても月花草さんには)本当にどうもありがとうございました。<(_ _)>








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