はじめに


先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―笑顔の功罪 5―




張り詰めたものが切れたように、項垂れたままの高耶の膝に、ぽたりと、涙の雫が滴った。
慌ててにじり寄る直江の手を拒むように、高耶は肩をいからせて小さく身じろぐ。まるで、自分には触れてもらう資格はないとでもいうように。
ごめんなさい、ごめんなさいと、そう、口の中で繰り返しながら。

ああ、本当に。
自分はいったい何を見ていたのだろう?

その姿を目の当たりにして、直江は、中途半端に伸ばしたままの指先をきつく握り締める。

置き去りにされた立場にただ拗ねて甘えて憐れむのに忙しくて、高耶の胸中などなにひとつ慮ることをしなかった。
まだこんなに小さい彼は、自分以上に何かに追い詰められていたというのに。

傷ついて怯えた小鳥を両手に包む用心深さで再び腕を伸ばし、そろそろと抱き込んだ。 触れた瞬間、ぴくりと跳ねた肩から背中にかけてなだめるように撫でてやる。
そうやって囲われるうちに、ようやく高耶は落ち着いてきたらしい。すすりあげるように大きく息を吐いた後で、ぽつりと呟いた。

僕は本当にイヤな子だった。と。

どうしてそう思うの?と、直江は柔らかく問い返す。

もちろん彼がそうではないことは、誰よりも承知だけれど。言下の否定では意味がないのだ。
高耶の心のつかえは、本人の口から語られ、事実と向きあって、溶かしていかなければならない。

背中に置いたままの掌の温かさに励まされるように、高耶は、たどたどしく、胸の思いを吐き出しはじめた。



……みんながね、直江のことかっこいいって言うの。
たかちゃんは優しくてすてきな兄ちゃんがいていいねって。羨ましいって。
……最初はすごく嬉しかった。自分のことを誉められたみたいで気持ちよかった。
でも……だんだん苦しくなってきた。
だって直江は僕の本当のお兄さんってわけじゃないんだもの。
みんなが直江と仲良くしたいと思っているなら、僕だけ独り占めしていちゃいけないでしょ?
シスターがね、よく言ってた。 自分のことよりまず人の気持ちを考えてあげなさいって。
だったら、一緒に手を繋いだり、笑って見送ってくれたり。直江が僕にしてくれること、エミちゃんたちにもしてもらわなきゃいけないって、そう思ったんだけど……。

そこまで言って高耶は急に言い澱む。

「でも、それは嫌だった?」

助け舟を出した直江の問いに、高耶は泣き出しそうな瞳をあげた。

「うん。嫌だった。なんでか知らないけど、直江のこと誰かと分けるのはすごく嫌だった。
だから……」

「だから、わざとお友達の前では知らんぷりした?私とは仲良しでもなんでもないって。そうすれば分けなくて済むから?」

こくりと高耶が頷いた。
それきり、もう直江と視線を合わせようとはしない。
身も世もないような罪悪感に囚われているのだろう、項垂れたまま、消え入りそうな声で言う。

「……でもね、こうやってズルしてる自分がホントは一番嫌だった。ごめんなさい。直江にも嫌な思いさせて、シスターの言うことも聞けない悪い子で、本当にごめんなさい……」

再び気持ちが昂ぶってしまったらしく、声を殺してしゃくりあげる高耶の背中をあやすように叩いてやる。
そうしながら、直江は高耶に気取られないよう、天を仰いで嘆息した。

拙い言葉の端々から、高耶の懊悩が見て取れた。
ミッション系の養護施設で育った高耶には、良くも悪くも無菌培養の節がある。
幼いなりの自分に対する独占欲。そしておそらくは信心深い大人に教えこまれていた謙譲と博愛の精神。
そういうものの板ばさみになって高耶はずっと謂れのない自己嫌悪に苦しんでいたのだ。
自分は後回しにしてもまず他人に尽くそうという心根はとても立派なことだけれど。
世間ずれしていない高耶には、かなり酷なことだったにちがいない。


彼の敬愛するシスターを否定せずにどういい含めたらいいものやら、直江はしばらく逡巡して、やがておもむろに口を開いた。




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高耶さんが泣きながらごめんなさいを言ってると、なにやら自分がオニになった気がしてきます…。(-_-;)
ああ、うちの直江少年にも「たらしのイヴン」のテクニックが欲しい…(笑)
直江、いったいどんな口説きで高耶さんを丸め込むんでしょ?実はまだ不明(←殴)
そういや、今日は茅田さんの新刊発売日♪








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