先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―おとなり―
それから三年の間に二度、高耶は学校を変わった。 そして、五年生になったばかりの四月初め、再び直江の「お隣り」さんとして越してきた。 本社勤務が決まった高耶の父に相談された長兄が、手ごろな物件としてたまたま、弟を住まわせているマンションの一室を斡旋したせいだった。 引越し当日、久しぶりに会った高耶はずいぶんと大人びてみえた。 何か手伝うことがあればと春枝とともに様子を見にいったものの、すでに人手は充分に足りていたようだったので、用意していた軽食を差し入れただけで早々に戻ったのだ。 母と挨拶を交わしている父の傍らで、にっこり笑いかけてはくれたけどそれ以上の言葉はなく、すぐに他の大人たちに交じって立ち動きはじめた高耶を、直江は拍子抜けする思いで見つめていた。 遊びにくるたび自分に真っ先に飛びついてきてくれる、そんな子ども子どもした表情ではない。 声をかけてくる父の同僚たち相手に、高耶は荷物の置き場所をひとつひとつ指定していく。 子どもとはいえ、引越しの当事者のひとりでもあるのだと、直江は高耶の一面を垣間見た気がした。 折り目正しい口調と態度で大人に接することができる見知らぬ少年が此処にいる。 離れていた間の彼の成長ぶりを目の当たりにして、直江は誇らしいような寂しいような複雑な気持ちで、落ち着かない一日を過ごした。 改めて仰木親子が挨拶に来たのはその夜のこと。 ちょうど居合わせた長兄と玄関先でちょっとした押し問答をしたあげくに、無理やりのように部屋に引き上げた。 実は、直江の住むこの部屋の方が、高耶たちの処よりも間取りにゆとりがある。 意外そうに目を瞠った高耶の父の心中を察したか、先手を打つように照弘が口を開いた。 「学生の一人暮らしには贅沢すぎるとお思いでしょう?元々は、拠点代わりに押えた部屋なのでね。義明はまあ、留守番兼掃除夫みたいなもんです」 そう言って豪快に笑う。 「仰木さんもせいぜい利用してやってください。客用の部屋も布団もあるから一晩や二晩高耶くんをお預かりするのになんの支障もありませんよ? どうです?たまにはぱあっと飲みに行きませんか?」 長兄らしい実に直裁な誘いには、皆が苦笑するしかなかったが、磊落で嫌味のないこの申し出は、すとんと相手の心に届いたようだった。 お茶の一杯でも、という常套句の意味合いは、いつのまにかアルコールへとすり変わったようである。 嬉々としてビールを勧め始めた総領息子にため息を吐きながら、 春枝は直江と高耶とに目配せをして、ダイニングテーブルのほうへと移動した。 「…止めないんですか?」 ちらりと視線を流しながら念のために訊いてみる。 「止めたってきくもんですか。仰木さんが適当にあしらって切り上げてくださるわよ。 その間に女こども組みはお茶でも飲んでましょ」 こちらは達観している春枝である。 相変らずのやりとりを交互に見比べながら、高耶がくすくすと笑っていた。 お茶受けは、思いがけなく豪勢なものになった。 春枝が用意していた茶菓子のほかにも、きれいに洗って返された重箱の中に御礼の和菓子が詰められていたのだ。 日持ちのしそうにないそれをまずは頂くことにして、高耶が眠れなくなることのないようにと熱いほうじ茶が添えられる。 「おばさんのお赤飯、美味しかったよ。あと、お煮しめも。みんな誉めてた。『懐かしいおふくろの味』だって」 そういえばと、高耶が我がことのように得意げに告げて、春枝が顔をほころばせる。 「まあ、嬉しいこと。張り切って作ったかいがあったわね」 屈託なくあれこれと喋る春枝と高耶の様子に、時間が少しだけ前に戻った気がした。 明日のこともあるからと、本当にビールの一本だけで腰を上げ、 高耶を促して暇を告げた仰木某に、にこやかに春枝が語りかけた。 「またご近所になれて嬉しいですわ、仰木さん。これからもよろしくお願いいたします」 そういう春枝に、こちらこそと頭をさげる父に習って高耶もぴょこんとお辞儀をする。もちろん直江や照弘も深々と一礼を返して、通路へと出て行く二人を見送った。 エレベーターホールへの折れ際、高耶が振り返って小さく手を振る。直江も笑って手を振り返して、長い引越しの一日が終わった。 明日からは、すぐ会える場所に彼がいる。 また高耶と過ごす日々が始まることに夢のような思いがした。 |