先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―おとなり 2―
最初の偶然はともかく、仕組まれたような二度目の「近所づきあい」を狷介な高耶の父がどう思うか、不安がないわけではなかった。
兄の計らいは嬉しい反面、要らぬお節介を焼く一家だと眉顰められるのでは、とも危惧していたのだ。 だが、どうやらそれも杞憂に終わったらしいと、直江はほっと安堵の息を吐く。 ほとんど接点のなかった若輩の自分の目より、同年輩の友人として付き合っている照弘の判断が正しかったということなのだろう。 直江が思いこんでいたほど、彼は難しい人ではなかった。 男所帯同士の気楽さからか、仰木某は以前よりも親しげに直江に接してくる。あてにされるようにもなったし、様々に気遣いもしてくれる。 なにより、高耶が少しも構えることなく自由に行き来してくれるのが嬉しかった。 互いに独立したふたつの別の生活が少しずつ重なっていく。隣り合わせの水彩絵の具が滲み溶けあい、新たな色が生まれるように。 三年前をなぞるようでいて、でも確かにそれとは違う日々が始まっていた。 調べもので遅くなった晩、帰宅早々のタイミングでドアチャイムが鳴った。高耶だった。 「お帰りなさい。お疲れさま。これ、よかったら食べて」 そう言って差し出されたのはたっぷりと盛り付けられた肉じゃがの鉢。 つられるようにして受け取りながら、唐突な差し入れに、一瞬直江は絶句する。 「ひとり分のご飯の用意も面倒だろうから、お父さんが直江にも持っていってあげなさいって。僕が作ったんだよ」 「高耶さんが!?」 「うん」 こともなげに高耶が頷く。 「僕、わりと料理得意なんだ。今度は、うちに食べに来てね」 もう遅い時間だからと、高耶はそのままおやすみを言って小走りに部屋へ帰ってしまったけれど。 玄関先で、煮物の鉢を両手で持ったまま、直江はしばらく馬鹿みたいに突っ立っていた。 やがて、沸々と笑いがこみあげてきた。 涙が滲むまでそうしていて、ようやく室内へと戻る。 高耶の作った肉じゃがは、食べなれた母の味付けとよく似ていて、でもそれ以上に美味しかった。 翌日。 御礼のケーキの紙箱を手に、借りた器を返しに行く。 にこにことドアを開けてくれた高耶は、 「今日は一緒にご飯食べていってくれるでしょ?」 と当たり前のように訊いてきた。 「え、でも、その…」 ひとり人数が増えるということはそれだけ仕度の段取りが狂うということだ。それはかなり迷惑なことではないだろうか? 「今日はね、シチュウにするんだよ。いっぱい作るから大丈夫」 そんな逡巡を見透かしたように言われて、直江はそれ以上の言葉を失う。 腕取られるようにしてダイニングに通されて、はいどうぞと、椅子を引かれた。 四角いテーブルに二脚の椅子のうちのひとつ。おそらくは父親の定位置だ。 手早くインスタントコーヒーを淹れてくれた後、高耶はおもむろに反対側に座って野菜の皮を剥き始めたから。 「ちょっと待ってね、これだけ済ませちゃうから」 どうやら作業の途中だったらしい。テーブルの上には新聞紙が敷かれていて野菜とザルとが置いてある。 真剣な顔でジャガイモとピーラーを手にしているから、声を掛けるのも躊躇われて、息詰めるようにして彼の手元を見つめた。 ようやく全部の皮むきが終わったとき、どちらともなく大きく息をついて、ふたり同時に吹きだした。 「上手ですね」 「うん。ジャガイモはさ、丸いし芽があるからけっこう大変。ニンジンは簡単なんだけど」 そう言いながら高耶は流しの前に立ち、今度は剥いた野菜を刻み始める。 鍋を火にかけ、バターを溶かして具材を炒めてお湯を加えてアクをすくってと、一通りの手順をこなした後、ほっとしたように再び椅子に腰掛けた。 「あとは柔らかくなるまで煮るだけだから、一安心、と。……ごめんね。せっかく上がってもらったのに。全然話もできないや」 まだまだおばさんみたいにはいかないね、申しわけなさそうに言うから、とんでもないと首を振った。 まだ十歳の彼が。 こうしてご飯仕舞をすること自体が信じられないぐらいにすごい。 素直にそう告げると、高耶が逆に驚いたように直江を見つめ返した。誉められるほどたいしたことはしてないと、本気で思っている様子だった。高耶の中ではきっとごく自然なことなのだ。 「高耶さんは、いつからお料理始めたの?」 う〜ん…と、高耶が首を傾げて、 「三年生ぐらいかな…」と呟いた。 初めのうちはお父さんが用意してくれたんだ。僕がお釜のスイッチだけ押してご飯を炊いてて、忙しいときはお惣菜買ったり。 でもやっぱり帰ってからいろいろと家のことするの大変そうだから。 僕に出来ること、少しずつ手伝い始めて。ご飯のことも、テレピ見てたら僕にも出来そうだから試してみて。 そしたらお父さん、すごく吃驚して、そしてものすごく喜んでくれたんだ。 それ見たら、もっともっと頑張ろう。上手になりたいって思うようになって……。 と、そう、高耶は語ってくれた。 最初はフライパンで焼くだけのしょうが焼きや、グリルで炙る魚の切り身だったという。 包丁を扱うのにも少しずつ慣れて、シチュウやカレー、レシピの分量を忠実に守って肉じゃが八宝菜など。 学校の先生に聞いたり図書室の料理の本を借りたりして、 次第に広がった高耶のレパートリーはなかなかどうしてそんじょそこらの主婦と比べても見劣りしないものだった。 「……本当に高耶さんはすごいですね」 改めて、思う。 料理の腕前もさることながら、本当にすごいのは高耶の持つ、優しくてひたむきなその心根だ。 同時に、なんの考えもなくただ漫然と一人暮らしをしていた自分が恥かしくなった。 自分も努力を惜しんでいてはいけないと、そう思う。 惜しむどころか死に物狂いで頑張ったとしても、まだまだ足りないのではと思えるほどだ。日々伸びゆく高耶に、相応しい存在で在り続けるためには。 そろそろいいかな? 会話の途切れた束の間に、高耶は時計にちらりと眼をやると、するりと椅子から滑り落ちた。 再び鍋の蓋をとって、ルーを割りいれ、牛乳を用意して仕上げにかかる。 「サラダはレタスとキュウリでいい?」 「……ミニトマトでよければうちにありますが。赤があると彩りがきれいでしょう? 待ってきましょうか?」 「やった!お願い」 少しでも役に立てることが嬉しくて、いそいそと自室に戻る。 ついでに、買い置きのバゲットやツナやアンチョビの缶を持っていく。 我ながら、合宿の打ち上げのようなのりだなと思いながら、浮き立つ心は抑えきれなかった。 |