先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―スクールデイズ 11―
一夜が明けて学園祭の当日、春枝たちと連れ立って校内へはいった直江は、他の展示には目もくれず真っ先に高耶たちの喫茶に向かった。 開催間もない午前中ということもあって、特別教室を飾りつけた店内にはまだ客より緊張した面持ちのスタッフの数の方が多い。 その中に黒と白とを纏った小柄な人影を認めて、自然と笑みが零れた。 声を掛けようとしたその矢先、けたたましい歓声があたりに響き渡った。 「きゃ〜〜!!高耶くんったら!なんて可愛いらしいメイドさんなのっっ!!」 前を塞ぐ弟を突き飛ばす勢いで冴子が足を踏み入れる。 「おはようございます。ようこそいらっしゃいませ。冴子さん、おばさんも」 小さく会釈をして銀盆を抱えた高耶が一歩進み出た。 飾りけのない黒のベルベットのワンピースの肩口を重ねたエプロンのドレープがふわりと覆う、清楚な姿だった。 「あらまあ、ほんとにステキなメイドさんね。お席に案内してくださる?」 たおやかに春枝が微笑んでその場を収め、賑々しい一行は奥まったテーブルへと誘導された。 「珈琲でよろしいですか?」 あくまでウェイトレスとして芝居がかった調子で注文を訊く高耶に、揃って頷く。 そんな保護者たちに、高耶はサービス満点ににっこり笑いかけてからぺろりと舌を出してみせた。 そのまま身を翻して厨房スペースへと歩み去る。 きびきびと動く彼の背中には、ふんわりと結ばれた白いリボンがひらひらと揺れている。 ついその後ろ姿を見送ってしまう直江のわき腹を冴子が小突いた。 「あんまり鼻の下伸ばすんじゃないわよ?」 「姉さんこそ」 「私はいいのよ。女だから。でもいいトシした男のあんたがそうやって可愛いメイドさんに見惚れているのを傍から見てると、なんだか危なくてしょうがないわ」 悔しいが、冴子の言うとおりだと思う。 昨夜の自室とは違う。こうして改めて公の場で見る高耶は、不思議なほど人を惹きつける独特の雰囲気がある。 髪は短いままだし化粧を施しているわけでもない。 凛々しい少年の顔立ちなのに、可愛らしい メイドの扮装が観る者を幻惑して、それを纏う高耶の性別まであやうくしてしまうのだ。 一度そうして囚われてしまったら、再び顔を見直したとしても男の子と認識しなおすのは難しい。 首を捻りながら、何度も彼の姿を追いかける仕儀となる。 高耶と暮らしている自分でさえこうなのだから、他の客の反応は推して知るべしだ。 これまた悔しい話だが、ここまで高耶の個性を引き出した、綾子の読みの的確さに脱帽せざるを得なかった。 運ばれてきた珈琲とチョコを賞味しているところに、父兄たちが来ていると高耶が告げたのだろう、主宰者である綾子が挨拶にやって来た。 まだ中学生の彼を助っ人に駆りだした上少々特異な扮装をしてもらっていることに対して謝意を表す彼女の誠実さに、春枝も冴子も一目で好感を持ったらしい。 商売柄と育ちのせいか、元々ボランティアには熱心な人たちでもある。綾子が係わっている今回の啓蒙活動について話し込むうちに、今度はギャルソン姿の青年が近づいてきた。 「今回の顧問をしてくださっている千秋先生です」 そう紹介された彼は、交互に春枝と冴子とを見つめ、慇懃に腰を屈める。その仕草がまたいやになるほどサマになっていた。 只でさえ周囲から浮いた大人三人が陣取るテーブルの脇に、ブルーグレーのアオザイを纏ったエキゾチックな美女と流行のスタイルをしたイケメンのギャルソンが侍っている。 まるでここだけ大輪の華が群れ咲いたよう、このまま居座っていたのでは営業妨害になるのではないかと直江が密かに危惧し始めた頃、 満を持して冴子が締めた。 「さて、綺麗なお嬢さんと素敵な先生が揃ったところで。高耶も呼んでお写真撮らせてもらえません?私の勘だけど、今を逃したらもうこんなチャンスはないような気がするの」 その予感は見事にあたった。 冴子が先陣を切ったことで撮影ブースの周りには順番待ちの列が出来始め、すぐに押すな押すなの大盛況となったのである。 席を空けるために喫茶を後にした一行は、その後、他の模擬店や体育館でのステージ発表をのんびりと観てまわった。 中庭に面したテラス席で一息入れながら、冴子が思い出したようににんまりと笑う。 「朝イチで出掛けたのは正解だったわね」 その手には、一番乗りの役得で首尾よくプリントしてもらった写真が収まっている。 「あの調子じゃお昼買いに出る暇もないんじゃないかしら?義明、後で何か差し入れしてあげなさいな。チョコだけじゃ食べ盛りのおなかは膨らまないものね」 と、春枝が母親らしい気遣いをみせるその脇で、なおも写真に魅入ったまま、真顔で冴子が呟いた。 「高耶くんが可愛いのは見当がついてたんだけど。まさかあんなに若くてかっこいい先生が顧問だなんて予想外だったわ。いっそマミもここに入れようかしら?」 「それは遠大な計画だわね。でもその頃には千秋先生だっておじさんよ?そこの、誰かさんと同じに」 ふざけた台詞に少しも動じず、すかさず切り返すこの母もいったいどこまでが本気なのか、いつもながら胃の痛くなる思いの直江ではある。 さらにこの姉は、恐ろしいことを平然と付け足した。 「あ、義明。あたし、マミにも似たようなエプロン作っとくから。近いうちに高耶くんと遊びに来てちょうだいな。写真撮りましょ。お揃いドレスのメイドさん。きっといい記念になるわよぉ」 「……そういうことは直接本人に交渉してください。私は真っ平御免です」 「まあ、使えない弟ね」 「なんとでも。……ちょっと差し入れ買ってきますから」 これ以上おもちゃにされてはたまらないとばかり、直江はそそくさと席を外す。 だから気がつかなかった。自分の背中に注がれる二対の優しい眼差しに。 「バカねえ、せっかく記念写真撮り直すお膳立てしてあげようっていうのに。自分からチャンスを棒に振ってどうすんのよ。ねえ?おかあさん」 指に挟んだ印画紙をひらひらさせてため息混じりに言う冴子に春枝はただ黙って微笑んでいる。 「それにしても綾子ちゃんも歳に似合わずしっかり者ね。たとえ指名してもツーショットはお断わり。撮影には必ず複数のスタッフで願います。だなんて。徹底してるわ」 悪用を防ぐ意味もあるのだろう、募金に協力した当人を取り囲んでフレームに収まっているのは満面の笑顔でピースサインを突き出したメイドやギャルソンやミス・サイゴン、和服にエプロンの大正時代の女給さんたち。 おまけに最前列のひとりはでかでかと喫茶の名を書き入れだプラカードまで掲げている。 まさに学園祭の余興以外の何物でもない、そんなハイテンションである。 そして、あの弟はそのノリについていけず引きつった笑顔をカメラに向けていたのを、冴子は承知していたのだ。 「あの器量であの度量。そして丁度いい感じの歳まわり。普通に考えたら、彼女を狙ってよさそうなもんだわよね?独身男性とその家族としては」 「冴子」 微笑みを残したまま柔らかくたしなめる春枝に、冴子はわかってるとばかりに、意味深な台詞を吐いた。 「でもダメなのよねえ……あの子には、あの子でないと」 それならそれでもっとしっかりしてもらわないと。ただでさえ前途は多難なんだからと、呟く視線のその先には、大きな袋を両手に下げて中庭を突っ切る彼女の末弟の姿がある。 遠目にもそれと解るほど嬉しそうな足取りで校舎に消えていくのを、ふたりは無言のまま見守っていた。 いそいそと直江が差し入れたホットドックやたこ焼きは、結局、遅いおやつとしてみんなのおなかに納まった。 噂が噂を呼んだ綾子の喫茶はそのまま客が増えつづけ、高耶たちは昼食も摂れないほどの忙しさだったのだ。 そんな奮闘の甲斐あって、用意の喫茶メニュウは早々に完売し、撮影会は最後まで行列が絶えず、その日一日の利益は十万を超えもちろん寄付額も堂々の全校一位に輝いた。 こうして、綾子主宰の珈琲喫茶は大成功のうちに終了したのである。 |